第8話 交わした握手 ★



 つまりセシリアは、目立ち過ぎたのだ。


 彼女が社交界で話題になった事が、そもそも彼女の視界に入る発端となってしまった。

 侯爵家にはその相手を求められないとしても、同年代の伯爵家の子女なんて他にも数人居たのだ。


(目立ちさえしなければ、セシリアに白羽の矢が立つ事はおそらく無かった筈である。彼女だって何も「そういう相手が今すぐ居なければ困る」という程切羽詰まってはいなかっただろうし)


 結局普段の行いが積もり積もって今のこの瞬間になってしまっているのだろう。

 そう思えば、テレーサに負けず劣らずの自業自得加減だ。



 まったく、ダメな自分に思わずため息が出てしまう。


(さて、どうしたものか……)


 やれやれと思いながら、セシリアは本格的に頭を回し始める。

 

 一体どうやったら、この面倒事が齎すだろう利益を増やし不利益を減らせるか。

 そこを基準に、予測と過程を瞬時に積み重ねる。


 そして。


「……テレーサ様。貴方がもし私に『対等』な友人を望むのならば、私との間に意見的な対立をする可能性を覚悟しなければなりませんよ?」


 彼女の心を読み漏らさない様に細心の注意を払いながら、テレーサに対して言葉を紡ぐ。


「『対等』とは貴方に従う者の名ではありませんから、私が全てに於いて必ずしも貴方の思い通りに動く事はありません。貴方と考えが異なった場合はおそらく反論するでしょうし、無条件に貴方の味方には成り得ません」


 それは、覚悟を問う言葉だった。


 これが本来の『対等』な友人関係というものだ。

 そう伝える事で、まずいざという時の防衛線を張る。

 しかしそればかりでもない。


 セシリアは警告しているのだ。

 「もし名ばかりのハリボテやごっこ遊びに私を巻き込むつもりならば、そんなのは願い下げだ」と。


 セシリアは決して自身の意志に沿わない権力に従うつもりは無い。

 だから好きに出来ると思われては困る。


 そんな気持ちを色々込めて、セシリアは彼女に再度問う。

 

「それでもテレーサ様は、私に『対等』な友人を望むのですか……?」

 

 彼女が自分で望んだ『対等』だ。

 もしもこの程度で手の平を返したように反論してくるようであれば、安心して彼女と友人関係を結ぶ事は出来ないだろう。


 そしてもしそうなった場合は、彼女に対して今後より一層の注意深さで接し、出来るだけ彼女を避けて通る必要がある。


 そうなれば、毎度避けるのだ。

 一定の面倒は被るだろう。


 しかし、それでも。


(何かに巻き込まれる方が、より面倒だ)


 本音を言えば、そういう心配をする事も無く迂回もせずに済むのが一番楽な選択肢ではある。

 しかしそれは、私一人ではどうにもならない。


 

 そう思った時だった。


「それは寧ろ、こちらからお願いしたいくらいです。私が望むのは時に共感し、時に意見を交わす。まさにそんな相手なのですから」


 懸念はただの杞憂だったようである。

 それどころか、セシリアの瞳を真っすぐ見つめた彼女には「やはり私の目に狂いは無かった」と言わんばかりの表情が浮かんでいた。


 そんな彼女を、セシリアほんの少しの間見据えた。



 彼女と仲良くする事で、多少のデメリットは生じるだろう。

 しかし彼女が『最低限』をクリアした今、ここで彼女の申し出を断ったところで角が立つ。


 少なくとも彼女相手なら、取り繕って何かしらの理由をでっち上げる事も可能だろう。

 しかしそれは、彼女に対して誠意が足りない。

 そんな自分を、セシリアは自身に許せない。


(まぁ既に、少なからずの『面倒』は生じている。おそらくは、もう「これ以上悪化しなければいいか」と許容する他無いのだろう)


 そんな風に自分を納得させて、「とりあえずは」と考える。



 一応最後にもう一度彼女の目の奥に他意が無い事を確認してから、セシリアは社交の顔を保ったままで優しく優雅に微笑んで見せる。


「それではよろしくお願いします――テレーサ様」


 テレーサへの違和感は、未だ消えていない。

 しかしそれも含めて、しばらくは事の成り行きを見守る事にしよう。


 そう思いながら告げられた一言に、テレーサの顔がパァッと明らかに華やいだ。

 そしてはにかむように、彼女が笑う。


「こちらこそ、よろしくお願いしますっ!」


 そう言って差し出された手に、セシリアが応じた。




 そんな2人を、ひどい呆れ顔で見詰める人物が居た。

 レガシーだ。



 彼からすれば、高位の者との友人関係などセシリアがまた1つ『面倒毎』を背負い込んだ様にしか見えないのである。


 本当に、何故そんな事をするのだろうか。

 1ミリだって理解出来ない。


 口の中で「あーぁ」と呟いた彼の声に気が付いたのは、同じく一部始終を見ていたゼルゼンくらいなものだった。







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 当該話数の裏話を更新しました。

 https://kakuyomu.jp/works/16816410413976685751/episodes/16816410413991704521


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