第7話 お友達になってくれませんか?

 


「可能性はある、と思っています」


 そう言ったテレーサの顔に浮かんでいるのは、とても弱々しい笑みだった。

 もしかしたら、彼女も実はあまり自信が無いのかもしれない。


「貴方は『保守派』の家の出ではありませんから、私を上の者として扱う必要はありません。確かに爵位の上下はありますが、たった1つ違うだけです。そう気にする程でも無いでしょう? それに何よりも、貴方は侯爵家のクラウン様ともお話しされていました」


 私と同じ侯爵家の方と話しているのです、私と話す事に苦手意識を感じる事も無いでしょう?

 そんな風に、彼女はセシリアと『対等』になれる可能性をつらつらと語った。

 その口の滑りを聞けば、それが彼女自身の中にずっと温められていた思いなのだとすぐに分かる。


 しかし1つ反論したい。



 テレーサは爵位の違いを『気にする程の爵位の差ではない』と言うが、その認識は間違っている。


 たった1つの差であってもそこには確かに差が存在するのだし、1つだったら気にする必要は無く、2つだったら気にしなければならないなんて、そんな道理もありはしない。


 それは、あくまでも自分の爵位が相手よりも上だからこそ言える理屈だ。

 そう思う一方で、それでも彼女は大真面目に言っているようである。


「先日初めて貴方と深く言葉を交わして、私は共感を抱いたのです。上級貴族の義務を成そうとする意志と、権力をむやみに振るわないその精神。私と同じ気持ちを持っている貴方とならばもしかしてお友達になれるのではないかと、私はそう思ったのです」


 そう言いきった彼女を見ながら、セシリアは内心で思わず頭を抱えた。


(『上級貴族の義務を成そうとする意志』かぁ……。そうか、あれは意図があっての襲来ではなく寧ろアレのせいで今日の2回目があった、と)


 そんな事は夢にも思っていなかった。

 これじゃぁ彼女の意図なんて読めない筈だ。


 そう思わずにはいられない。

 しかしそんな気持ちとは裏腹に、テレーサは最後をこう締めくくる。


「……私は私を、『侯爵令嬢』ではなくて、ただの『私』として見てくれる相手が欲しいのです。セシリア様、私とお友達になってくれませんか?」


 告げられた言葉と見つめてくる瞳からは、甘えのような甘さが見て取れた。



 彼女はきっと、周りからの期待を裏切れないタイプの人間なのだろう。

 だからこそ同年代の令嬢達に対しても周りの理想通りに振る舞い、この年で既に上下関係を上手く築きつつもある。


 そして同時に、心のどこかで自分の要求が本当に拒絶される事はないと思っている。

 傲慢な色ではないものの甘えが見えるのは、おそらくそのせいなのだろう。



 しかし確かに、彼女の願いを叶えられる人間には限りがある。

 例えば相手がクラウンだったなら、年齢的にも爵位的にも彼女と『対等』であれる可能性は高い。

 以前ならばまだしも今の彼ならその役割も果たせるだろう。

 

 しかし彼は、対立派閥の重鎮一族の息子だ。

 立場上、彼と仲良くなるのは難しい。

 先程セシリアを選んだ理由として『保守派ではないから』と言ったが、きっとそこには『革新派でもないから』という事もあるのだろう。

 


 しかし結局彼女に『対等』な相手が存在しないのは、彼女自身の自業自得だと言える。

 何故なら。


(彼女がそのように振る舞うからこそ、周りはそれに応えるのだろうから)


 もしかしたら、彼女は自身のそんな短所にも気付いているのかもしれない。

 しかしそれを自覚した所で、既に出来上がってしまった物を今更崩す勇気はなく、だからこそ彼女はその相手を『外』に求めたのだろう。



 そこまで思考を纏めると、セシリアは内心でひどく項垂れた。


(そして私も、自業自得という訳ね)


 その相手として彼女がセシリアを選んだ理由は、勿論先程彼女が言った理由があればこそなのだろう。

 しかしおそらく、そもそもの理由は別の所にある。


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