第8話 見逃す気はない
(……警戒するに越した事は無いか)
結局セシリアは、そう結論づけた。
もしもそれで警戒が徒労に終わっても、ただ何も起きないだけだ。
マイナス要素といえば精々自身が感じる精神的疲労くらいの物だろう。
それはそれで嫌ではあるが、事が起こった後で後悔する方がもっと嫌なのだから仕方がない。
そんな風に指針を決めてから、セシリアはテレーサの方を再び見遣った。
(で、先日の件に釘を刺すのが彼女の真意では無かったのなら、彼女の真意は一体何なのか)
現在持ち得ている情報では、どうやら答えは出せそうにない。
それは一見八方塞がりに見えなくもない。
しかしセシリアとしては、そんな状態だからこそ迷いなく次の一手を打つことが出来るというものだ。
「本当に私は上級貴族として当然の事をしたまでなのですよ。何故なら『貴族は皆の模範にならねばなりません』『常に誇れる言動を心掛けなさい』、それが両親からの教えなのですから」
だから誰に褒めてもらう事ではない。
そんな前置きをした上で、セシリアは一つこんな仕掛けを施した。
「『貴族としての義務を成す事』は、私にとって『権力を振りかざさず、決して他の権力に屈しない事』と同じくらい大切な事なのです」
まず当然の事として『貴族としての義務を成す事』を上げ、その上で『権力を振りかざさず、決して他の権力に屈しない事』をその横に並べることで、セシリアは自身にとって決して譲れない物の線引をテレーサへと明確に示した。
これはセシリアにとって、2つの意味を持つ。
一つ目は「『義務を成す事』を邪魔すれば、その時は容赦しない」という警告。
そしてもう一つが、今回の本題。
彼女の心情を探るための『試し』だ。
権力を振りかざさず、権力に屈しない。
この言葉で特に重要なのは、後半の『権力に屈しない』という部分である。
例えどんな相手であっても、私は権力に屈しない。
セシリアは今正にそう宣言した訳だが、彼女に対して正面切ってそう告げた事で暗に「その相手が例え侯爵家である貴方からのものだったとしても」という意思を伝えたのだ。
直接言葉にはせずともそういった意思を彼女に対して示したのは、彼女がこれにどう反応するかを試したかったからだった。
彼女が今回セシリアにわざわざ接触してきた理由、その可能性は細分化すれば多岐にわたる。
しかし、大きく分ければ二つしか無い。
何か明確な目的があっての事か、否か。
後者の場合は、普段の社交と取るべき対応に何ら変わりはない。
セシリアとしては相手の言葉の端々から情報収集をしつつ、無難に対応するだけだ。
しかし前者の場合は、それなりに頭を回さねばならない。
社交場でのセシリアは、あくまでも『オルトガン伯爵家の令嬢』である。
家や領地にとって有利になるよう振る舞う義務を背負っている立場なのだ、相手に何らかの思惑があるのなら警戒するのは当然だろう。
彼女個人の性格を完全に知り得ていない以上、テレーサが権力を振りかざせる立場にある限り最も警戒せねばならないのがソレなのだ。
そしてもし彼女にソレを武器にする意思があるのなら、セシリアのこの物言いに顔色を変えるのは必至である。
怒り、落胆、うとましさ。
何でも良いのだ。
ほんの一瞬のゆらぎでさえ、セシリアに見逃す気はない。
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