第7話 確かに聞こえる警戒アラート



 そう思った時だった。

 やっと取り巻き達との合意合戦を終わらせたテレーサが、今度はこんな風に話を切り出してくる。


「私、聞いたのです。先日のお茶会で皆が見て見ぬふりをする中、貴方がアンジェリーさんのなさった事を窘めたと。とても素晴らしい行いだったと思います」


 一体何を指しているのか、セシリアにはそれがすぐに分かった。

 そして同時に納得する。

 彼女が話し掛けて来た理由はコレか、と。




 彼女はきっと、釘を刺しに来たのだろう。


 前回は、伯爵以上が居なかったから『英断』となった。

 しかし侯爵家たる自分の前では、そんな出過ぎた真似は許さない。

 あまりでしゃばるな、と。


 そう思い、セシリアは内心でほくそ笑む。


 是非ともそうして欲しい所である。

 だって元々あんな目立ち方をする事は、セシリアだって望んでなどいなかったのだから。


 だからこそ「大歓迎」の気持ちだけはふんだんに込めてこんな風に無難な答えを彼女に返したのだが。

 

「上級貴族としての義務を果たしただけですわ」

「いいえ、それだって、誰もが出来るわけではありません」


 彼女がすかさず首を振る。



 子供にしてはよく出来ていると言っていい。

 総評せるくらいには、テレーサは社交の仮面を被れていた。

 しかしそれはあくまでも『子供にしては』だ。

 彼女の瞳に、セシリアは大きな感情の揺らぎを見て取った。



 怒っている、という感じではない。


 というか、浮かんでいるのはそもそも負の感情じゃない。

 そこには間違いなく正の感情が灯っている。



 その揺らぎと彼女の言葉をパズルのピースとして組み上げれば、そこには不可解な絵が浮かび上がった。


(何故彼女が、私を本気で擁護して……?)

 

 絵は見えたが、そうなる理由が分からない。

 


 セシリアは、彼女の意図を『でしゃばるな』だと解釈した。

 だから「義務だから」と答える事で、彼女に対して『義務以上の事をするつもりは無い』と、つまり『でしゃばるつもりなど無い』と伝えたつもりだったのだ。


 しかし。


(それに対してテレーサ様が返したのは、私の言葉の表である『謙遜』を受けての擁護)


 セシリアにとって、それは少し予想外だった。


 もしもこちらの意図が正しく彼女に伝わっていたならば、彼女の「そうですか」という一言で終わりを告げた筈のやり取りだった。

 つまりこれは、彼女がこちらの意図を理解できなかったという事で――。



 セシリアは、元々テレーサ様が俗に言う『貴族的な言い回し』が出来る方だと思っていた。

 だからこそ、こちらもそれ相応の対応をしたのだ。

 しかしそれがセシリアの思い過ごしだったのならば、これは無駄な一人相撲だ。


(……変ね、彼女からは『そういう香り』がしたんだけど)


 セシリアはそう、首を傾げる。



 もしかして気のせいだったのか。

 だとしたら買いかぶりが過ぎたのかもしれないが、しかし直感が『彼女には何かがある』と確かに告げているのである。


 見る限り、彼女はまだ自身の感情を他人に隠せる程の域まではいっていない。

 今分かった通り貴族的な言い回しが理解出来る訳でも無いし、所作については「流石は侯爵家仕込み」と言うべきか確かに同年代の他の子達よりも洗練されたものがあるが、ただそれだけである。


 他に特筆すべきは、今の所特に無い。



 しかしそれでも、何故か言うのだ。

 『警戒しろ』と、セシリアの内なる声が。



 何故なのか。

 一体何を警戒すれば良いか。

 今は何も分からないが、それでもセシリアの嫌な予感は敏感に何かを察しているようだった。



 自身の中の警告を「気のせいだ」と切り捨ててしまう事は簡単だ。

 しかしその結果何かが起こるとしたら、それはきっと『面倒』事へと繋がっている。

 その可能性がゼロでない以上、セシリアはそれを無視できない。


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