第5話 無意味な時間に蓋をして ★


 

 彼女はちゃんと、セシリアの視線に気が付いた。

 だから「今の内にここから離れた方が良いよ」という気持ちを目に込めれば、彼女はどうやら正確に読み取ってくれた様だ。

 この場から、彼女が静かに身を引いた。



 それを目の端の方で確認しながら、セシリアは暇つぶしに考える。



 オルトガン伯爵家よりも彼女の家の方が治めている領地が広い事。

 そして税収の総額が高い事。


 それらの主張は、確かにどちらも間違ってはいない。



 領地が広いのは、領地分配の際に過去の王が過去の領主にした評価の結果だ。

 当時の評価をそのまま現在の私達に当てはめて優劣をつけるのは何だかとても変な話である。


 そして、税収の総額が高い事については。


(敷地は広くてもかの領地と我が領地の人口はそう大きく変わらないからそこで差が出るという事はないだろうけど、その代わり領民一人あたりの収入額もほぼ同額なんだから彼女が税収総額を誇る理由が分からない)


 心の中で、そう呟いた。


 税収とは、領民から領主が巻き上げているお金の事である。

 だから『高い税収を収められるのは領民達がそれだけ裕福だという事の証である』と言えなくもないが、逆に言えば必ずしもそうでは無いとも言える。


 実際に、一体どこで両者の税収総額に差が出ているのかというと。


(ただ単にオルトガン伯爵領よりも領民達に税負担の無理を強いているというだけの話だし)


 少なくともそこを領主が誇る意味はない。



 すっかり鈍くなってしまった思考のままでも、そのくらいの事は容易に思い至れるのだ。

 なのに、何故彼女は自分の言葉のおかしさに気付かないのか。


 自分から仕掛けてきておいてその体たらく。

 むしろそのクオリティーで仕掛けようと思った彼女がセシリア的には信じられない。


「それに社交界デビュー時の王様への謁見だって、うちの家はオルトガンよりも早かったんだからっ!!」


 そんな風に言われて、セシリアは一つ思い当たる節を見つけた。



 王への謁見待ち列で、セシリア達よりも1つ前に並んでいた貴族。

 その貴族が連れていた女の子がこちらをしきりに気にしていた事を思い出す。


(そっか。王との謁見が終わって階段を下りてくる時、上がっていくセシリアと目が合って、彼女がした『どや顔』を疑問に思った事があったけど)


 あちらがこちらをあの時からずっとこんな風に認識していたのなら、まぁあの反応も頷ける話ではある。


 しかし。


「それなのに王子様に声を掛けられたからって、良い気にならないでよねっ!!」


 ビシッと指を差して高らかに宣言されたその言葉には流石に納得できなかった。



 が、言い返しはしない。

 だって明らかに時間の無駄だ。

 何を言った所でどうせ、きっと彼女に届かない。


 だから彼女の存在自体を心の中で捨て置いて、セシリアはその顔に満面の笑みを浮かべた。

 そして『貴族の誰かさん』に優雅な振る舞いで暇を告げる。


「分かりました、今後は言動に気を付けますね。それでは」


 御機嫌ようと挨拶をして、早々にクルリと踵を返した。



 背中越しにアンジェリーの「勝った」という笑いの気配を感じたが、セシリアにはもう関係の無い事だ。


 この程度の的外れな舌論ごっこで満足するのなら、一人で勝手にやっていればいい。

 私としては痛くも痒くもないのだから。

 そんな気持ちで、セシリアはその場を後にする。



 しかしこの時の行動が新たな『面倒』の火種になってしまう事を、この時のセシリアは勿論まだ知る由もない。






 ↓ ↓ ↓

 当該話数の裏話を更新しました。

 https://kakuyomu.jp/works/16816410413976685751/episodes/16816410413991683623


 ↑ ↑ ↑

 こちらからどうぞ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る