第4話 途端に興味がなくなって



 しかしだからといって、今言った事が全て可能性の話という訳でもない。

 上級貴族の大人達は社交場で時折相手に高圧的な態度を示したするが、行使するのはあくまでも舌論のみ、間違ってもそこに暴力を使わない。


 それは「貴族たる者何に対しても優雅であるべき」という固定観念があるからこそで、上級貴族は皆、理由は個々で少々異なるだろうが大筋では『貴族然とした態度が取れる自分でありたい』と思ていて、そこに一種のプライドさえ持っている。

 だから言い訳ができない暴力こそ、最も彼らが嫌う行いだろう。


 そういう背景があるから、もし今のやり取りが遠くから見えていたとしたら、上の地位の者達は勿論同じ地位の者達からも総スカンを食らった事だろう。


 そしてそんな彼女を誰かが注意するのだとしたら、それは彼女と同等以上の爵位を持つ者だけである。


「今この場所には侯爵家以上の地位をもつ家の方は一人も居ません。ですから、後日侯爵家以上の家の方にコレを指摘されるよりはマシだろうと思い、同等爵位の娘である私が口を出したのですが……ソレが気に障ったようでしたら申し訳ありません」


 そう言って、殊勝な態度で綺麗に頭を下げてみせた。

 しかしそれは演技だ、これがセシリアの本心という訳ではない。


 それこそこの場には、上の爵位は居ないまでも同等爵位の者は居る。

 彼らの内の誰かが先に止めてくれていれば、わざわざセシリアがしゃしゃり出る事はなかったのだが、面倒を嫌ったのかそれとも彼女を恐れたのか。

 誰一人として声を上げる者は居なかった。

 

 だからセシリアの本心はあくまでも「面倒をかけないでくれ」である。



 セシリアが言外にした「ならばこのまま放っておいて、後日侯爵家の子息や令嬢から私が言ったのと同じ様な言葉を言われた方が良かったかしら」という指摘に、アンジェリーは返す言葉を持たなかったようである。


 そもそも、セシリアの言葉は間違いなく正論だ。

 彼女のこの言動が後日に行われるかもしれなかった優雅な叱責から、間接的にアンジェリー達を救った形だ。

 セシリアの言葉をきちんと聞けば、誰だってそれに気付けただろう。


 そしてそれは、少なくともアンジェリーの取り巻き達には伝わった様だった。

 セシリアと視線が目が合うと途端に目を泳がせ始めたので、それがこちらにも分かりやすく伝わった。



 しかしそんな中、アンジェリーだけは残念ながら違ったようだ。

 彼女はセシリアの目を強く睨み付けながらこんな風に応戦してくる。


「偉そうに私に指図して、一体何様なの?!」


 それは、少なくともセシリアにとっては斜め上の言葉だった。

 

 激高する可能性はあるとは思っていたが、それにしたって「偉そうに」とは。

 一体どこで偉そうにしただろうか。


 そんな疑問を抱いた所で、アンジェリーの口からその答えが提示された。


「周りに『3大伯爵家』なんて呼ばれているからって良い気になって! うちの領地の方がオルトガンなんかよりもずっと上なんだから!!」


 そんな言葉を受けて、セシリアは「あぁなるほど」独り言ちた。

 そして同時に、急激にやる気を失くした自身の思考が目に見えて失速し始める。



 何の事は無い、彼女はそもそも『オルトガン伯爵家』に対して反抗心を持った人だった。

 ただそれだけの事である。



 彼女の中には最初から、セシリアに対して負の感情があったのだ。

 そんな相手にどんな配慮をした所でこの歪曲の原因は今のセシリアには無いのだ、どうにも出来ない。


 そして。


(そうか、やっと分かった)


 そう独り言ちる。


 彼女と向かい合って以降、セシリアがずっと感じていた疑問が、今正に全て氷解した。


 最初に向けられた視線の中に、既に敵意が込められていた事も。

 一々セシリアの言葉に突っかかるような素振りを見せた事も。


 全てはこれで、説明が付く。



 セシリアの思考が失速したのは、それらが全て分かったからこそだった。


 端からそんなレッテルを貼ってくるような人間相手に、わざわざ印象改善のための時間と労力を割く程、セシリアは酔狂でも、無駄を愛する人間でも無い。

 すっかり失速し切った思考を、セシリアは心の中のクズかごに躊躇なく投げ入れた。


 しかしそんな彼女の気持ちの変化に、彼女はまだ気付いていない。


「うちはオルトガンよりもずっと治めている領地が広いし、税収だって高いってお父様が言っていたわ! それなのに周りから『オルトガンの方が凄い』って思われてるのは、何かからくりがあるからよ! じゃなきゃぁそんな評価、おかしいもの!!」


 聞いてもいないのに貴族達の外的評価への不満まで吐き始めた彼女を尻目に、セシリアは別の事を考えていた。


(攻撃の矛先が私に向いている内に、出来ることをしておこう)


 そんな、もしアンジェリーに覗かれたら怒らせる事必至だろう思考を巡らせながら、背中に庇った少女を確認する。


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