第3話 伝わらないから、砕いて砕いて
すると、瞬間。
彼女の目には次々へと涙が溜まっていった。
そしてそれが決壊しそうになったところで、セシリアの手をやんわりと握ってくる。
求められた助けに、セシリアは優しく手を貸した。
腕にちょっとだけ力を込めて、しゃがみ込んでいた彼女を立たせる。
ついでに汚れてしまったスカートの裾を払ってやってから、小さく「よし」と頷いた。
と、そこでやっと言うべき言葉を見つけたのだろう。
アンジェリーが口を開く。
「ほら見なさい! やっぱりそっちの味方じゃない!!」
真っすぐ指差しながら「私を糾弾しにきたんでしょ」と言う彼女に、セシリアは言いようのない面倒臭さを感じた。
そしてほんの少しだけ強い一呼吸の後、笑顔で振り向きながらこう答える。
「そんな事、ただの一言も言っていないではありませんか」
一体どこに、そんな事を思う余地があったのか。
言外にそう問えば、彼女は「行動がそう言ってるのよ!」と語気を荒げた。
こちらを指す指をブンブンと縦に振り回している辺りひどく頭に血が上っているようだが、一体何をそんなに興奮する事があるのだろう。
少なくともセシリアにはその原因が分からない。
分からないが、しかしそこは今さして重要ではない。
だからその辺の疑問はひとまず置いておいて続きを語ることにする。
「確かに私はキャシー様を助け起こしはしましたが、別に彼女の事を擁護するつもりも貴方方の行いを咎めるつもりもありません。そもそも私は一部始終を見ていなかった訳ですし」
そんな私が貴方方の行動の良し悪しについて指摘するなんて事、できる筈が無いではないですか。
そう言葉を続ければ、背後から途端に落胆の空気を感じた。
その主は、今正に背中に庇った彼女を置いて他にない。
彼女をそんな気持ちにさせる意図は無かったため少し心が痛んだが、それでもそんな気持ちは黙殺しアンジェリーを真っ直ぐ見据える。
そんな私に、アンジェリーは受けて立った。
「じゃぁ一体何だって言うのよ」
苛立ちなのか何なのか。
アンジェリーが、少し早口でそう返してくる。
(計算通り)
彼女が返した反応に、私はそうほくそ笑んだ。
そしてそのご要望通り、その答えをくれてやる。
「アンジェリー様は、先程『彼女の至らなさを教育しているのだ』とおっしゃいました。それはいい事だと思います。だって下級貴族の至らなさを上級貴族が指摘する事は、他国の貴族達に彼女やこの国を侮らせない為にも確かに必要な事ですから」
だから、それに関して私が現時点で口出し出来る事は無い。
柔らかい口調で、まずはそんな前置きを付ける。
するとアンジェリーは、分からないなりもに「どうやらこれは自分の行いが肯定されている」という事『だけ』は理解できたようだ。
だからその先に何が待っているかを想像できないままに「そうでしょうね……?」と言って頷く。
最後に疑問符がついたのは、おそらくセシリアが自分にとっての敵なのか味方なのか、その分別がつかなかったからだろう。
そしてセシリアが彼女の敵なのか味方なのかというとーー勿論味方である筈がない。
「私が貴方方に声を掛けたのは、貴方方があたかも相手に暴力を奮っているかのように見えたからですよ」
セシリアのその一言で、勢いの削がれ掛かっていたアンジェリーの怒りが再燃した。
「暴力なんてしていないわよっ!」
止めなければ、おそらくキャシーの頬に平手打ちが飛んでいたろうに。
そんな言葉は腹の奥に飲み込んだ。
そして激高する彼女に、こちらはあくまで冷静なトーンで言葉を返す。
「私は何も『暴力を奮っていた』とは言っていません。『そう見えた』と言ったのです」
そんな言葉を聞いて、アンジェリーは怒りの中に困惑を混ぜ込んたような顔になった。
おそらく言った意味がうまく伝わっていない。
そう解釈して、セシリアはより言葉を砕いてもう一度伝える。
「していたかどうかが問題なのでは無く、している様に見えた事が問題なのですよ」
そう言い切れば、伝わったというよりもその言葉の威力に気圧されたようだ。
ぐっと押し黙ったもののまだ納得はしていない彼女に「同年代の相手に伝えるって意外と難しい」なんて思いながら更に言葉を粉砕する。
「私も貴方も、共に伯爵家の娘。いわゆる上級貴族に分類される家の子供です。だからこそ、そんな私達の言動はその立場上良くも悪くも重くなる。だから気をつけなければならないのですよ、中級以下の貴族達から『上級貴族が暴力で個人の言動を抑え付ける』などと思われてしまわないように」
そこまで言うと、一応内容は理解したようだ。
しかし事の大きさにまでは思い至らなかったようで「だから何だ」と言いたげな顔になる。
そんな彼女に、セシリアは内心で深い溜め息をついた。
王城パーティーの第二王子とのやり取りで浅慮過ぎるその物言いに心底呆れたものだったが、もしかしてアレが同年代の平均なのだろうか。
そう思わずにはいられない。
どちらにしろ、どうやら彼女には自らの行いが何をもたらすのかピンときていないようだ。
それを分かってもらずして彼女から向けられる怒りを削ぐ事は、おそらく出来はしないだろう。
だから言葉を付け足した。
「貴方が周りからそんな風に思われてしまうと、同じく『上級貴族』として括られる私たちが困るのです」
ダメだ。
まだ彼女は訝しげなままだ。
ならば。
「もしかしたらご両親から怒られてしまうかもしれませんね」
その一言で、彼女が劇的にギクリとした。
名前は知っていても実際に話した事はない人達の事だ、彼女の両親が実際にその行いをどう思うのかは分からない。
しかし、まぁ。
(周りの噂では「野心家だ」っていうことだから、もしかしたらその足かせになるようなら怒るかもしれないか)
とは思う。
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