第2話 脳内シミュレーションを経て



「例え大人達からは死角だとしても、こんな場所で5人が1人に寄ってたかっていれば要らぬ誤解を受けますよ?」


 内心では呆れ交じりにアンジェリーを観察しながら、しかしそれでもセシリアは外面を崩さなかった。

 貴族らしくその上から笑顔の仮面を被り、彼女に向かってそう告げる。



 窘めの色を笑顔でやんわりと中和したその言葉は、しかしどうやら身を結びそうにない。

 小首を傾げながら齎されたセシリアの声に、アンジェリーはカッと直情的な反応を示す。


「っ! 私は別に、ただ不出来なこの子に教育してあげようと――」

「だから『要らぬ誤解』と言いました」


 おそらく、自分達の行為を咎めに来たと思ったのだろう。

 そう思った時点で少なからず「自分達に後ろ暗いところがある」と自白しているようなものなのだが、きっと彼女はそんな事には全く気が付いていない。


 そして彼女のそんな反応で、セシリアはとある確信を得た。


(彼女達のこの行為は、「不出来な子への教育」に起因しない)


 それだけは間違い様が無い。



 加害者側を見てみると、その構成は伯爵家の令嬢であるアンジェリーの他に、子爵家の令嬢が3人、男爵家の令嬢が1人。

 それに対する被害者側は、男爵令嬢。


 そんなメンツで5人が1人に寄ってたかる。

 そんな状態で一体何をしていたのかなど、想像に難くない。

 それこそ「あからさま過ぎる」と言ってもいい程だ。


(……まぁこういう後ろ暗い事をする人間は、分かり易いくらいが一番扱いやすいのだけれど)


 心中でそう独り言ちながら、セシリアは頭の中で状況打開のためのロジックを組み上げ始めた。


 目指すのは、加害者を退け被害者を救う事。

 しかしそれは永続的な効果を持たせる方法に限る。

 そんな条件を作り、脳内でシミュレーションするのだ。



 まず、この状況を不快に思ったからこそセシリアは両者に割って入った訳だが、だからといって「不快だ」という感情をただそのまま相手にぶつける事は、おそらく状況の悪化しか生まないだろう。



 例えば「貴方達、権力を笠に着て弱い者虐めをするなんて、恥を知りなさい」なんて事を言ったとして、果たして結果はどうなるだろうか。


 もしかしたら今一時の抑止にはなるかもしれない。


 しかしそれでは意味がない。

 何故なら。


(どうせまた見えない所で、彼女たちはこの子に似たような事をするだろう)


 それは火を見るよりも明らかだ。


 もしかしたら今回のセシリアへの苛立ちが、今までにプラスされて彼女に降り掛かってしまうかもしれない。

 鬱憤晴らしの、はけ口として。



 セシリアが被害者の子の横にずっと付いている事が出来ない以上、その被害は結局の所防ぐ事は出来ない。

 それではただの『セシリアの自己満足』にしかなり得ない。

 

 当然、却下だ。



 だからセシリアは、自分が今回の件に口を出したもう一つの理由を前面に出す事にした。




 アンジェリーは、ちょうど固まっていた。


 どうやらたったの一ミリだって、彼女はセシリアを「わざわざ自分の止めに来たのだ」と信じて疑わなかったようである。

 だから暗に「最初から別にそんな事言ってないじゃない」と答えたセシリアに、彼女はひどく面食らってグッと押し黙った。


 そんな隙間に、セシリアは自分の言葉を滑り込ませる。


「そんな所にいつまでも座っていては、お洋服が汚れてしまいますよ? キャシー様」


 それはアンジェリー達加害者達ではなく、被害者の子に向けたものだった。

 

 彼女はわざわざ、芝生では無く土の上に転ばされている。

 そんな彼女に貴族然とした微笑みを作り、助けの手をスッと差し伸べた。



 キャシーと呼ばれた一人の少女は、最初、状況について行けていないような表情でセシリアとアンジェリー達のやり取りを眺めていた。

 しかし自分に会話の矛先を向けられて、初めてハッとする。


 そうか、これは私を助けるために起きた事だったのか。

 そんな声が彼女の口から今にも聞こえてきそうな気がして、セシリアは内心で思わず苦笑した。


 いつの間にか半開きになっていた口を慌てて引き締め、差し伸べられた手に手を伸ばす。

 そんな彼女の動きは、しかしセシリアに触れる直前で一度引っ込められそうになった。

 その反応からは、キャシーの「相手を巻き込んでしまうかもしれないのに」という躊躇が見て取れた。


(これは正に、彼女の優しさだ)


 少なくともセシリアにはそう思えた。


 だから、セシリアはふわりと彼女に微笑む。

 大丈夫だと、伝えるために。


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