見えない目的

第1話 状況と立場と感情をかける天秤



 ある日、同年代の子供達が集まる場所へと向かっていたセシリアは、周りの不穏な雰囲気をビシビシと感じ取っていた。


 まるで怖い物でも見たかのように、顔を青ざめさせる者。

 まるで「私は見ていない」と主張するかのように、あからさまに目を伏せる者。

 気にしつつ、それでも『いつも通り』を演じようとする、ぎこちない者。


 反応は皆それぞれだが、そんな彼らの共通点はピリッとした緊張感を纏っている事である。


(――まるで後ろめたい『何か』を、しきりに見ない様にしているみたい)


 この空間への第一印象は、まさにソレだった。


 しかし遠目では、その正体が何かまでは分からない。

 逆にこの距離でその異変を感じ取れた事を褒めてほしい。



 遠目に見て分かったのは、家の爵位によって子供達の取る態度が違うという事実くらいなものだ。


 今日この場所に居るのは、伯爵位以下の家の子供達。

 その中でも伯爵家の子達はどこか迷いを帯びた顔になっているのに対し、子爵以下の家の子達は前者よりもより消極的な態度を見せている。



 しかし。


(何かが変。それは確実だけど、結局この距離から得られる情報はこれが限界ね)

 

 そう独り言ち、肺の奥から独りでに溢れ出す息をセシリアはただ素直に吐き出した。



 見るからに面倒そうだ。

 しかしセシリアは、その中に入っていかねばならない。

 だって、同年代の子達に対する今日の社交がまだなのだから。


 だから精々警戒を強めて、彼らの方へと足を向ける。




 注視していた事もあり、その空気の元凶はすぐに見つかった。



 子供達が散らばる広場の一角。

 丁度セシリアが来た方向、つまり大人達の社交場からは死角になっている場所に、ソレはあった。



 一目見ただけで現状を大体察して、セシリアは思わずその馬鹿馬鹿しさに呆れを凝縮させたため息を吐く。


 それは、間違いなく『面倒』が口を大きく開けて待っている状況だった。

 しかし此処でソレを見なかった事にするなど、セシリアには到底出来ない。


 立場としては勿論だが、それに加えてセシリア個人の心情的にも決して許せる事ではなかったからだ。



 『面倒』事に首を突っ込みたくはない。

 しかし、見たものをそのままにする事は出来ない。


 そんな両天秤が最終的にどちらに傾くかと言えば、やはり状況と感情の組み合わせよりも、立場と感情が伴った方だった。


 否、状況と立場。

 その双方を抜きにして考えても結局は後者の方に向ける感情の方が勝ってしまっているのだから、セシリアのこの後の行動はどう転んだって必然だったのだろう。


 状況を把握してから方針決定までをほんの2秒で済ませて、セシリアは『そちら』へと足を向けた。




 そこに居たのは、数人の令嬢達だった。


 1対5というどう考えても片側が圧倒的に不利な状態で相対する両者は、どうやっても『5人を1人が虐げている』図に見えた。

 そんな彼女たちの近くへと歩み出て、セシリアは口を開く。


「皆様、一体どうされたのですか?」


 実際にはどういう状況なのかにはだいたい察しがついていたが、そこは敢えて知らないふりで尋ねる。



 微笑交じりの落ち着いた声でそう尋ねれば、1人と5人の視線が一斉にセシリアへと集まった。


 一方は、怯えたような目を、もう一方は煩わしい物を見るような目。

 後者の目が意味するところは、おそらく相手に手を挙げる寸前での横槍だったからだろう。


 しかしそれも、セシリアを認めると同時に強烈な敵意に転じた。


「……あら、オルトガン伯爵家の人間が一体私に何のご用事なのかしら。見て分かる通り、今私達は取り込み中なのだけど」


 おそらく主犯格なのだろう。

 手を挙げようとした少女が「邪魔だ」と言いたげにセシリアを睨む。




 セシリアは、彼女の名前を知っていた。



 アンジェリー・エクサソリー。

 政治派閥『革新派』所属の、伯爵家の令嬢だ。


 両親から任された社交範囲内ではないし向こうから話しかけられるような事も無かったから、今まで彼女とは何の接点もない相手。

 にも関わらず自分へと向けられる明らかな敵意に、内心で首を傾げずにはいられない。


(そんなに止めに入ったのが気に食わなかったのか。いや、しかしこの怒り様だ。何だかそれだけじゃないような気もする)


 そこまで考えて、ふと彼女に関する噂話の中に幾つか短気エピソードがあった事を思い出した。

 だから「もしかしたら本当に短気が過ぎてのコレ」だという可能性も、少なくはあるが捨てきれない。



 しかし、一方でこうも思った。


 例え子供だとは言っても彼女だって貴族である。

 それが同等の爵位を持つ家の子に対してそんな些細な理由一つで明らかな敵意の籠もった視線を向けるなんて、それが一体どういう意味を持つのか、そのくらいの事は流石に彼女も分かっているでしょうに。


 と。


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