第2話 心酔従者・ジェームス



「こちらが『権利』という言葉を使った時点で、彼女にはソレを受け取り拒否する事もできる。それは道理だ。従わせたいのなら『権利』ではなく『義務』を行使すべきだったんだよ」


 まぁ初対面で相手の行動を縛れば印象は最悪。

 だから実際にはそう簡単に出来はしないし、実際そうするまでもないと思っていたんだけどね。


 そう言って、主人が笑う。



 主人にとってあの女の言動は想定外だったのだろうという事は、その言葉を聞いてすぐに推し量ることが出来た。

 にも関わらず、その声色には喜々としたものが灯っている。



 しかし、それでも気に食わないものは気に食わない。


 結局、主人がせっかく与えてくれた『権利』を拒絶するなど無礼以外の何でも無いのだ。

 主人の機嫌がどうであれ、そこを割る切るのは決して容易などではない。



 主人の言う通り、確かに対外的には反論のしようがない。


 そもそもいつだって主人は第一王子に目をつけられる行動を避けたがる。

 だから彼にとっての最良は、王族の権力を振りかざした『義務』で相手を手中に入れる事ではなく、与えた『権利』によって比較的穏便に相手が自分の手の中へと落ちてきてくれる事だろう。


 そう思うから、事を変に荒立てて相手に反論する事は決して出来ない訳ではないが、逆に得策とも言い難い。



 しかしそれは、あくまでも『対外的に行動が起こせない』というだけの事である。


 むしろ『反論できない』という現状が、ジェームスの心を逆なでしている。

 

 自ら主人の側(そば)を望み、彼に望まれた事を心から誇りに思っているジェームズからすると、セシリアの言動はまるで自分を否定されているようにも思える愚行だ。


 だからこそ。


(殿下の温情を無下にしやがって)


 そんな気持ちが、5歳も年下の少女相手に迸る。




 そんな時だ。

 クスリというかすかな声が、ジェームスの耳を撫でた。

 その声に誘われるようにして視線を上げれば、そこには苦笑を浮かべた主人の姿がある。


「仕方がないんだよ。あの時、『権利』という言葉を使った理由。それもきちんとあるんだから」

「王族としての権力を振り課さず事で、兄君から目をつけられるような事をしたくなかったんでしょう?」


 あの時はその兄君も同席していたから尚更だ。

 そんな風に答えれば、主人は「まぁそれも理由の一つではあるんだけどさ」と一言言い置いてから更にこんな風に続けられた。


「強制の言葉は、良くも悪くも相手に強いインパクトを与える。それをあの場でやってみろ、貴族たちから『王子が貴族を権力で従わせた』と思われかねない。確かに権力的には王族の方が上だが、人の数は圧倒的に貴族の方が多い。暴君過ぎる王にもし彼らが反旗を翻したらと考えると、後々面倒な事になるだろう」


 だからあの場で彼女の今後の言動を縛る様な言葉を使う事を避けたのだ。

 そんな風に言った彼に、ジェームスは大きな衝撃を受けた。


(何ということだ……)


 思わず口から出かかった感嘆は、ギリギリの所で心の内に留めた。


 しかし表情は実に素直である。

 大きく目を見開いて、ジェームスは微笑む主人に釘付けだ。



 主人の頭の良さや思慮深さについては、勿論知っているつもりだった。

 しかし、それでも。


(殿下はまだ10歳。まさかその年で既に王族としての自覚があるどころか、周りに与える影響を加味した上で行動している)


 今までジェームスは、主人を尊敬し、敬愛してきた。

 しかし。


(正に感服だ)


 「すごい、我が主人」と思いつつも「さすが我が主人」という思いが拮抗する。

 敬う気持ちの上から更に敬う気持ちを塗りたくって完全に武装された彼の心は、もはや心酔と言っても過言ではない。




 しかしその主人が、「完敗だよ」と言って息を吐いた。


「つまりあの時の私にとっては『権利』という言葉を使う事が最適解だった。彼女はそんな私が見せた『隙』を的確に突いて見せたんたよ」


 それは、実質的な敗北宣言に聞こえた。

 だからジェームスは心の中で激しく動揺する。


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