第7話 心からの謝罪
クラウンは、決心の篭った視線をセシリアへと向けた。
そして、言う。
「自分を取り巻くものをどうにかする為に、まず最初には何をすべきか考えた。そして、その第一歩を踏み出す為に、俺は今日ここに来たんだ」
ちゃんと自分で考えて、自分の意思で動く。
そんな初めてを、彼は今ここで行う。
「セシリア嬢、王城パーティーでドレスを汚した件だが、あれは俺の傲慢さが引き起こした『故意』だった。その事を、ここできちんと謝罪したい」
そう言って、彼は深く頭を下げる。
「申し訳なかった」
謝罪の言葉たった一つで全てが清算できるとは、もちろんクラウンも思っていない。
だって、もし自分ならそれで全てを水に流す事など、出来そうにはないから。
それでも思うのだ。
この状況をどうにかする。
そのための第一歩は、彼女を前にしてきちんと謝罪をする事だと。
これは、周りへのパフォーマンスなんかじゃない。
「悪い事をした」という自覚がちゃんとある、と。
自分の過去をちゃんと後悔している、と。
今後、そんな自分を正していくつもりだ、と。
そんな意思表示を、ちゃんと彼女にしなければならないと思ったのだ。
誠心誠意謝っても、許してもらえないかもしれない。
本気の謝罪だからこそ、そんな不安がなかった訳がない。
しかし、それでも。
「俺はもう、一度口に出してしまった言葉は『無かった事』には出来ないのだという事を知っている。だからこそ、謝罪したい」
周りから、そして何よりも自分自身から逃げる事の無いように。
これはそんな、一種の誓いだ。
そしてもしこの誓いを立てるのならば、誰でも無いセシリアの前でしたい。
クラウンは、そう思ったのである。
そんな気持ちが篭った彼の言葉に、セシリア一度ゆっくりと瞑目した。
彼の今の謝罪は、例えば彼の父親に見られたとしたならば、間違いなく怒られただろう。
他の貴族達に見られたならば、「侯爵家が伯爵家に頭を下げた」と馬鹿にされたことだろう。
そんな自身の行動の危うさに、彼はまだ気付けない。
しかしその代わり、そこにはきちんと彼の誠意が篭っている。
そんな彼の気持ちを心の器で余すことなく受け取ってから、セシリアはゆっくりと瞼を上げた。
そして。
「――はい」
彼を真っすぐに見つめて、ただそう一言返事をする。
セシリアの返事に、クラウンは弾かれたように顔を上げた。
するとちょうどセシリアと視線が合う。
その瞳がふわりと微笑んだ。
その声に、瞳に、浮かべられた穏やかな微笑に。
クラウンは信じられない気持ちになりながらも、確かな『許し』の気持ちを感じとった。
「……許して、くれるのか?」
もしかして、それは自分に都合の良い解釈なんじゃないだろうか。
あまりに簡単に許されてしまった気がして、どうしてもそんな可能性が捨て切れない。
だからこそ告げられたその問いは、セシリアの肯首によって確実なものへと固まる。
何故。
重ねてそう問うたクラウンに、セシリアは「だって今の謝罪は、間違いなく貴方の本心だったでしょう?」と言葉を返す。
セシリアにとっては、それこそが何よりも大事なポイントだった。
この前のお茶会で、セシリアはクラウンからの謝罪を途中で遮り受け取りを拒否した。
しかし今回は快く受け取った。
両者の違いがどこにあるのかというと、まさしくソレなのである。
彼女の言葉に、クラウンは「本心だ」と真剣な表情で頷いた。
「今後は自分の事を理由もなく過信する事も、周りの言葉を鵜呑みにする事もしない。自分の言動の正否を、常に自身に問える人間でありたいと思っている」
すぐにパーフェクトにはできないかもしれない。
しかしそれを目指す人間でありたい。
そう言った彼は、見違えるほどの進度で成長していると言って良いだろう。
自分を顧みた一か月間。
彼にとっては途方もなく長く感じたろうが、しかしまだたった一か月間だ。
周りからの助言があったからといっても、その短時間で自分に欠けている物の招待に気づく事ができるのだから、彼の地頭は決して悪くない。
今までは環境が彼の地頭の良さを潰していたが、それが取り払われれば彼の頭は正常な判断ができる。
この日の彼の言動は、それを裏付けるには十分なものだった。
その変化が目に見えた事が、そして何より「もうしない」と、彼がきちんと真正面からそう口にしてくれた事が、セシリアに「自分の抱いた可能性は決して間違ってはいなかった」と教えてくれた。
その事がセシリアは何よりも嬉しかった。
だから。
「ならば、もういいのです」
セシリアは、再度彼に『許し』の言葉を投げかける。
しかし許されたクラウンはというと、安堵の端に困惑の表情を浮かべていた。
その顔からは、やはりこうも簡単に許される事に違和感を覚えているのだろう。
そんな彼に助け舟を出したのは、やはりレガシーだった。
「だからさっきも言ったでしょ? 『彼女の言動の意味は気にするだけ無駄だ』って。……別に良いんじゃない? 本人が『良い』って言ってるんだから」
そう言いながら.彼は呆れの色を全く隠そうとせずにチラリとセシリアの方を見遣る。
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