第6話 過去でも未来でもなく、今
『傲慢さ』と『考え無し』。
今思い返せば「後者は酷かった」と、流石のクラウンにも分かる。
クラウンは、大抵の事は今まで自分の思い通りになってきた。
欲しいものは与えられ、周りは思い通りに動き、チヤホヤされて持て囃されて。
唯一思い通りにならなかった事と言えば、父親が兄に構ってばかりな事くらい。
それが特別な事だったと、それらを失った今なら分かる。
しかしクラウンは、ずっとそれを「当たり前」だと思ってきた。
そしてその「当たり前」は、クラウンを無意識の内に傲慢にしたのである。
「人間関係に於いて考える時、『もしも自分がされたらどう思うか』と考えると分かり易いかもしれません。相手の言動は自分の鏡だと言いますから」
自分に染み付いてしまった『傲慢さ』について助言を求めたら、使用人がそんな事を言ってくれた。
自分の行いはいずれ相手から返ってくる。
善意には善意が返り、悪意には悪意が跳ね返ってくる。
『相手の言動は自分の鏡』とはそういう事だ。
そんな彼の言葉を聞いて、クラウンはすべてが腑に落ちた気がした。
侯爵家としての権威が下がり、つるむ旨味が減ってしまった。
そうなればつなぎ止められる部分は感情のみだった筈だ。
しかし、日頃から傲慢な相手に対し、一体どんなプラスの感情を抱けるだろう。
『もしも自分が』。
そう考える。
例えば、令嬢の服を故意に汚すような人の所にわざわざ寄っていくだろうか。
例えば、その行いについての謝罪を渋り、それどころか「すべてはお前のせいだ」と睨みつけられたら、その相手と友達になれるだろうか。
答えは『否』だ。
そう思い始めれば、もう止まらない。
クラウンは、周りの子達をずっと『友達』ではなく『子分』だと思っていた。
しかしその実、心中の扱いとしてはもっと酷い。
呈の良い『駒』である。
もし、それを彼らが肌で感じていたとしたら。
例えば、普段から『駒』扱いしてくる様な奴と、両親からの「仲良くするな」という言葉。
これらを天秤に掛けた時、一体どちらを選ぶだろう。
そんなもの、考えるまでも無い。
そう。
クラウンは、セシリアから事のあらましを聞いて、反省して、助言を貰って。
それから自分の頭でちゃんと考えて、そうして導き出したのだ。
全ては、周りを見下しすべてが自分の思い通りになって然るべきという『傲慢さ』と、自分の言動が間違っている可能性になど全く思い至らない『考え無し』のせいだったのだ。
この答えを自身の内から引き出す為に、クラウンは1か月もの間苦しんだ。
その間、今までは退屈からしきりに家の外に出たがっていたクラウンは、親の強制以外では家の外に出ることが無くなった。
そしてその代わり、まるで今までの『考え無し』の帳尻を合わせるかのように、寝ても覚めても自分の事や周りの事を色々と考えた。
そんな状況だから、当たり前のように遊ぶ時間が極端に減った。
食欲も落ち、三時のおやつにも手が伸びなかった。
そんな彼の様子の変化に気付いたのは、彼付きの使用人達だけだった。
両親は、元々出来の良い跡取りの兄に執心だった。
そんなだから両親と彼との接触は普段から決して多くはない。
そして『普段のクラウン』をよく知らないのだから、その変化にだって勿論気付ける筈が無い。
そうで無くとも、両親共に今回の火消しに忙しかったのだ。
例え『普段のクラウン』を知っていたとしても、彼らの性格からすればきっと「そのような些事に一々構っている暇など無い」と一蹴しただろう。
対して、彼付きの使用人達はというと、急激に大人しくなり、あまつさえ目に見えて食欲がなくなった主人を見て、最初こそ慌てたり心配したりした。
しかし、食欲が生命維持に必要な分だけはちゃんとある事と、何やら真剣に考え事をしているようだと気付いた事。
そしてクラウンが使用人の一人に助言を求めた事で、見守る体制へとシフトした。
そんな周りの心配や見守る目に、クラウンは遂ぞ気が付く事は無かった。
しかし、それでも「もし彼らのサポートが無ければ、ここまで深く自分を顧みる事は出来なかっただろう」という自覚は、胸の中に確かに存在する。
「こうしてちゃんと考えた事で、今までの自分がどれだけ自分勝手だったかが良く分かった。過去の自分を、今では本当の意味で後悔している」
告げられた言葉は、暗に「前の時の後悔は本当の意味での後悔じゃなかった」と言ってるも同じだった。
この前、セシリアの前に立った時。
あの時セシリアに色々と教えてもらって、クラウンは自らの行いを確かに後悔していた。
しかしそれは、あくまでも自分がやらかした事に対する後悔だった。
それが如何に表面上だけの薄っぺらい後悔だったか。
それが、より深い後悔を知った今なら何となく理解できる。
そして、理解したからこそ気付いてしまった事もある。
「……しかし今更それだけ考えて何かを思った所で、過去の自分は変えられない」
そんな当たり前過ぎる事に、クラウンはここで初めて直面した。
「そうと分かって、俺は途方に暮れたんだ」
後悔、後悔、後悔。
どれだけの後悔を積み重ねて反省したところで、過去は決して変わらない。
ならば一体、どうすれば良いのか。
非常識な特殊能力でもない限り、その答えは一つしか存在しない。
「過去を変えられないのなら、今自分を正すしかない」
過去でも未来でもなく、今。
省みた自らを今正し、未来につなげる。
そもそも「どうにかしたくて」自分を奮い立たせたのだ。
そうする事は、その願いの実現にも繋がる。
「さっきの会話への横槍も、過去の俺ならきっと何か言ってただろう」
そこには変な話、確信さえある。
しかしそんな己の『傲慢さ』と『考え無し』を今日今この時から正す事が、未来への一歩なのである。
しかし、そんなちっぽけな達成感を抱くために、クラウンは今日わざわざ彼女の所まで来た訳ではないのだ。
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