第一章:狙う第二王子、逃げるセシリア

プロローグ

第1話 例の成果が気になって



「ところでキリルお兄様」


 久々の兄と二人のティータイムで、セシリアは思い出したかのようにこう尋ねる。


「先日のお茶会で流したもう一つの噂について、何か進展はありそうでしょうか?」

「あぁ、もしかしてヘンゼル子爵夫人経由の噂話かな?」


 そう応じた兄の様子に、セシリアは「何かあるのですね?」と言って瞳を輝かせた。

 するとそんな妹に彼は思わずといった感じで苦笑する。


「セシリーの耳にだってそれなりに入ってきてるんじゃない?」


 おそらくそれと、状況は変わらないと思うよ?

 そう答えた兄に「得られたのが同じ情報だったとしても、それはそれで有益です。そうでしょう、お兄様?」と逆に尋ね返す。


 情報は、様々な角度から得られるほどいい。

 例えまったく同じ情報だったとしても、得られればそれはその情報の信憑性も増す材料になる。



 10歳にして、セシリアは既にその事を知っていた。


 そしてそれは兄も勿論同様だ。

 囁くような小声で「よく出来ました」と言葉を紬ぎ、まるで「今日の紅茶も美味しい」と思った時にするようなささやかな喜びを口元に讃えた。



 今年の社交初め。

 社交界デビューをしたセシリアに待っていたのは、まさかの第二王子からの接近だった。


 これ以上の面倒事を避けたかったセシリアは、先日出席したお茶会でどうにかするための策を講じた。

 その成果が彼女はずっと、気になっていたのだ。



 そんな妹に、兄は告げる。


「どうやら既に『セシリーと王族との間にある噂はどうやらデマらしい』っていう噂は割と浸透してきてるみたいだね」


 噂のソースがヘンゼル子爵夫人だから、今はまだ噂もかの家が所属する『革新派』の派閥内止まり。

 でもあと1日2日もすれば、派閥の垣根なんてすぐに超えるんじゃないかな?


 そう言って、彼は優雅にティーカップを傾ける。



 そんな彼の話を聞いて、セシリアは「どうやらこちらは想定通りのようだ」とホッと胸を撫で下ろした。

 するとその安堵に兄が薬と笑いながらからかい混じりに口を開く。


「セシリー、第二王子の件は本当に面倒がってたもんね」


 そんな兄の同情的な言葉に、セシリアは「えぇそうですとも」と強く強く頷いた。



 そうなのだ。

 王子と関わり合いになってしまえば、どう見積もっても面倒な事にしかならない。

 ソレを避けたいと、ずっと思っていたところに、ヘンゼル子爵夫人がお誂え向きにその件について切り込んできた。

 

 利用できる。

 あの時のセシリアは瞬時にそう判断し、頭の中で素早く組み立て実行した。

 つまりアレは、端から見れば躱すのが難しい話題だっただろうが、セシリアからすれば正に僥倖だったのである。



 成果の良しと僥倖を思い出した事が重なって、セシリアは意図せずほくほく顔になった。



 しかし、ここで。


「このまま第二王子との噂がうやむやになって、尚且つアレはただの気まぐれで本人の脳内からは既に忘れ去られていたら、面倒な事はここで全て立ち消えだね」


 キリルから的確な指摘が入り、セシリアはすぐさまズーンと肩を落とす事になる。



 確かにキリルの言う通り、もしそうなればそれは確かに願ってもない事だ。

 でも。


(そんな都合の良い話がある筈ない……)


 これだけの条件を全て満たすなど、間違いなく夢物語だ。

 というか、そんな事が現実にあるというのなら、そもそも第二王子からあんなものを貰うなんて事になる筈がない。


 だってセシリアの脳内確率論的には、後者の方が低確率な事象だったのだから。


「キリルお兄様……」


 気分を急降下させられて、セシリアは思わず恨めしそうな声を上げた。

 それはただの八つ当たりだったが、それでも兄は「それも僕に甘えているからこそだ」と、寛容な気持ちで見つめ返す。


 そして。


「でもさセシリー。願望が叶わない事よりも、叶わない願望に一縷の望みを掛け続ける事の方が後々のダメージが大きいんじゃない?」


 セシリーの為を思っての言葉だよ?

 そう言って苦笑する彼に、セシリアはぐうの音も出ない。


 確かに彼の言う通りである。

 流石はセシリアの兄、セシリアの好む物事の傾向など最初からお見通しなのだ。


 

 そうなると、セシリアができるのは。


「分かっています。分かっていますけど……」


 そう言って、ティーテーブルにコツリと額を押し当てる事くらいな物だ。



 ヒンヤリとした硬質な感触が直接伝わり、いじけるセシリアの頭を冷やす。


「もうちょっと余韻というものがあっても良いではないですか」


 ポソリと呟いたその言葉は、やはり兄の苦笑を誘った。

 しかしその後すぐに後頭部へと兄の手の温もりが優しく舞い降りたので、セシリアは「まぁ良いか」とすぐに機嫌を良くしたのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る