動き出した第二王子
第1話 第二王子・アリティー
王城騎士達の鍛錬場に、今日は一際小さい人影があった。
彼の名は、アリティー・プレスリリア。
ここプレスリリア王国の第二王子であり、つい先日やっと社交界デビューをしたばかりの10歳児でもある。
そんな彼が鍛練場に一体何の用なのかというと、勿論剣の稽古中だ。
彼は今、この場で最も強い人間と王族に必要な身を守るための剣を習っているのである。
とはいっても、両者の打ち合いは力量の違いが明らか過ぎて戦いにはならない。
その為王子の剣を男が適度に受け打ち返している、そんな状態だった。
これは王族教育の一環だが、ここに第一王子の姿は無い。
それは、何も「彼が既に研鑽を積む必要が無いほどに剣ができるから」という訳ではない。
過去の彼が「次期王の私は忙しい。騎士団の鍛錬場に一々顔を出す時間が勿体ない。お前が稽古をつけに私の元へとやって来い」と言い放ったからである。
思いつきのこの言葉は、彼の立場が『一案』ではなく『決定事項の一方的な通達』にした。
その言葉は今までの伝統と常識に盾をつく、一種の我儘とも言えるものだった。
鍛練場での王族の練習が必要か不要かという話をするのなら、それは正しく必要に分類されるのだ。
自分たちの護るべき対象が一体どのくらい動けて、何が苦手なのか。
誰かと対峙するとき、どんなスタイルで戦うのか。
それらの情報は、知っておいた方がより護りやすいのである。
それに大して知らない人間よりも、例え会話を交わしたことは無くとも頻繁に見ている相手の方が、護るモチベーションも上がるというものだ。
しかし彼の言葉は、王族の言葉。
同じ王族以外に、彼を本当の意味で窘める事は出来ない。
そしてその王族はというと、何故かこの件にまったく口を挟まなかった。
それは、その言葉に「自分は未来の王になるのだ」という自覚を見たからか。
それとも数少ない息子からの頼み事だったからなのか。
結局王は「是」とも「否」とも言わなかった。
その真意は、どうやら「口出しはしないが、慣例を無視する事を許容する事もしない」という事らしい。
そういう経緯があり、彼は現在「修練場に足を運ぶただ一人の王族」となっている。
兄の決定に流されることなく王族の慣例に従う第二王子に、王国騎士達の目は優しい。
例え彼が、才に乏しいとしても。
何度目の接触だっただろうか。
剣が打ち合わされた瞬間、王子の手から剣がはじき飛ばされた。
ゆっくり二秒後。
少し遠くで落ちた剣がカランと石畳を打ち鳴らした所で、王子が膝に手をついて肩で荒く息をする。
「良い調子ですぞ、殿下。しかしサボり癖はまだ抜けていませんな」
快活にそう言いながら、騎士団長の男は鍛錬用の剣でポンポンと自らの肩を数度叩いた。
そんな彼に、第二王子・アリティーはちょっと困った様に笑う。
「私は別にサボっているつもりなんて無いんだけどね」
「ならばそれは『殿下にはまだまだポテンシャルがある』という事ですな。貴方はもっと強くなれる筈ですから」
アリティーの剣使いを端から見れば、彼に剣才が無いことは明白だ。
騎士達からの評判が良いのは、あくまでもひたむきに剣へと向かうその姿勢。
むしろ才が無いからこそ「それなのに真面目に取り組んでいる」というフィルターがかかっている。
そんな節さえある。
だというのに、騎士団長だけは彼にずっと期待していた。
そしてこうして時折、彼に発破をかけるのだ。
「うーん、まいったなぁ」
そんなに期待されても何も出ないよ。
彼はそう言いながら、人当たりの良い笑顔を彼へと向けた。
その笑顔は彼の柔らかな印象を加速させるものだった。
しかしこの雄雄しい男たちの研鑽の場でのそれは、彼を一層弱く見せた。
その時だ。
「殿下、次のお勉強の時間です」
アリティーのすぐ後ろで、静かな声がそう告げた。
ゆっくりと振り向けば、そこに居たのは目付きの鋭い青年が居た。
纏うのは、騎士団服。
そして腰元には『王族直属』を示す紋章付きの剣が携えられている。
次の予定を告げてきた自分直属の騎士に、アリティーは短く「あぁ、行こう」とだけ答えた。
そして相対してくれた彼へと向き直り、最後に一言こう告げる。
「ドルンド騎士団長、今日も稽古を付けてくれて礼を言う。それではまたな」
「はい殿下、またお待ちしております」
そんなやりとりを最後に、アリティーは自分の騎士を引き連れてその場を後にした。
鍛錬場から少し離れた、アリティーの護衛騎士である彼が不意に口を開いた。
「……先ほど、ドルンド騎士団長が仰った事。実際にはどうなのですか・・・・・・?」
その声にアリティーが歩きながらチラリと彼を見る。
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