第2話 アリティーに寄り添う二人の側近



「『さっきの』って?」

「さぼり癖の件です」

「――あぁ」


 それの事か。

 そう言いたげに声を上げると、アリティーは小さくクスリと声を立てた。


 そして、答える。


「サボってはいないさ。まぁ、多少手は抜いてるけどね」


 主人の返答に、騎士は「よく分からない」と言いたげに小首を傾げた。


「一般的には、そういうのを『さぼり』というのでは?」

「違うよ」


 アリティーは、即答で騎士の言葉を否定した。 

 しかしそれ以上を語ろうとする気配は無い。



 自分の疑問に根拠無く行われた即答に、普通なら人は大体疑問を持つ。

 何故説明してくれないのか、と。


 しかし、その騎士は。


「そうですか」


 彼の即答に、すぐさま納得の声を上げる。



 彼の顔を盗み見れば、彼は既に興味を失ったような、否、最初から疑問など抱いていなかったかのような顔をしていた。

 そんな彼に、アリティーは思う。


(考えるの諦めたな、コイツ)


 そんな彼に、アリティーは思わず苦笑する。



 アリティーの専属護衛騎士・ラインバルト。

 まだ10代後半だというのに王族の騎士に選ばれるのだから、その剣の腕は折り紙付きだ。

 しかし彼には弱点もある。

 それこそが、ちょっとばかし頭が残念な事だった。

 

 いわゆる脳筋というやつである。

 しかし、その一方で。


(まぁそこが、彼の良いところなんだけどね)


 そう独り言ちる。



 頭で色々と考えない分、彼は命令に実に忠実に動いてくれる。

 そういう人間はいざという時に強い。


 そして何よりも。


(絶対に僕の意に反しないし、面倒なことを勘繰ったりもしない)


 それが、アリティーが彼を評価する最も大きな理由だった。



 それに対して、妙に感が良く勘繰る人間は面倒だ。


「まったく・・・・・・人が折角苦労して隠しているものを周りに晒そうとするなんて、厄介な野生の勘だよね」


 ため息混じりに零したその声は、先ほどの騎士団長に向けたものである。


 彼に、自分の感じた事をうまく言語化出来ない不器用さが備わっていたことが不幸中の幸いか。

 そんな風に思っていると、おそらく風に乗ってその言葉の端っこ辺りが彼の耳まで届いたのだろう。

 ラインバルトの目がこちらを向く。


「何か言いましたか? 殿下」

「いや、何も」

「そうですか」


 なら良いんですけど。

 そう言って、ラインバルトはまたもや視線を元に戻した。


 

 彼の中には、きっと「殿下が言うのならそうなのだろう」という前提があるのだろう。

 だからこそ、こんなにも容易に彼はアリティーの言葉を信じて疑わないのである。



 それは正しく盲目の為せる技だ。


 しかし彼は、アリティーの裏は読めなくとも、アリティー周りの気配や彼に向けられた直接的な被害を伴いそうな感情にはひどく敏感だ。

 それが出来るからこそ、彼はアリティーの護衛騎士なのである。




 少し歩き、やがて二人は目的地へと到着した。

 アリティーのために用意された、専用の執務室。


 その部屋に入ると、そこには彼のもう一人の側近が待っていた。


「おかえりなさい殿下」


 おそらく扉の開く音で、主人が戻って来た事に気が付いたのだろう。

 資料のようなものを片手に振り返ったその人物は、ラインバルトと同年代。

 アリティーよりも幾分か年上の青年だった。


 名を、ジェームス。

 アリティーの側近であり、王族としての書類仕事全般の補佐を行う人物だ。



 その彼が、机の上に置いてあった一枚の紙をその手に取り、アリティーに向かってヒラヒラとさせてみせる。


「先日の政経のテスト、採点が終わったと言うことで受け取ってきたのですが」


 彼がそんな話をし始めると同時に、ランバルトはこの室内での自分の定位置・入り口すぐ横の壁際に「待機」の体制に入る。


 すぐさま直立不動となった彼の姿はまるで銅像か何かのように威風堂々としていて、それでいて微動だにしない。

 しかしそんな彼にアリティーが抱くのは、「流石」という賛辞ではなく「裏切り者」という類のものだ。


(まったくラインバルトは・・・・・・普段頭は回らない癖に、こういう所で変に鼻が利くんだ)


 彼は、自分の仕事に徹することでこれから起こるだろう事象への不干渉を態度で示したのである。



 アリティーも、出来ればこの状況から逃げてしまいたかった。

 しかしどうやら当事者であるのだろう自分は、絶対に逃げられない。

 そんなに甘くはないのだ、この男のお小言は。


(はぁ・・・・・・長いんだよね、ジェームスの小言って)


 なんて心の中で独り言ちながら、しかしすぐに「仕方が無いか」と諦める。

 彼は案外ねちっこい。

 気の済むまで言わせない限り、こういうのは終わらないのだ。


「殿下、70点でしたよ」


 そんな彼の声からは明らかな呆れの色が見てとてた。

 そしてその言葉から、アリティーは「あぁ、『アレ』がバレたのか」と当たりを付ける。


「先日受けた算術のテストの点数は69点、先々日の歴史のテストはで68点。全く貴方は……また点数で『遊んだ』でしょう」


 ため息混じりにそう言われ、彼の視線から逃げるように視線を泳がせた。

 しかしそうしたところで彼のお小言から逃れることが出来る訳じゃない。


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