第4話 馬鹿なの? それとも新手の嫌がらせ?!
そんな建前と本音が同居した結果のだんまりだったが、ここで不意に嫌な気配を感じた。
カタリという音と共に声の主が席を立った様な、そんな気配だ。
気のせいだと思いたかった。
しかし現実はそう、甘くない。
足音が一歩二歩と近づいて来る。
その音に、セシリアは仕方がなく甘い願望を捨て去り現実に立ち返る事にした。
彼の声を聞いたのは、これが初めてだった。
しかしこの場所とその声の幼さ考えれば、それが誰なのかは大方予想が付く。
ーー第二王子だ。
そう思い至っていてまず最初に思ったのは。
(あぁ、なんて王族の自覚に欠けている王子だ)
という事である。
謁見の際、王族が定位置の椅子に座るのは『警備面を考慮して』だ。
つまり椅子に座っている状態が最も安全が保障された状態なのである。
だというのに。
(ほら、案の定騎士達が動かざるを得なくなった)
そう思えば、口の端から思わずため息が漏れてしまう。
セシリアのような10歳児の子供に対してもこのように警戒しなければならないのが、彼ら騎士の仕事なのである。
しかしそんな周りの変化に、王子はまったく気付かない。
「聞こえないのかっ!」
すぐ近くでそんな風に声が荒ぶる。
さて、どうするか。
そう思いながらチラリと隣に目をやると、父・ワルターと目が合った。
セシリアと同様にまだ最敬礼の体勢を崩していないワルターが視線でくれたのは、『許可』である。
それを受け取り、セシリアは一度小さく息を吐いた。
そしておもむろに口を開く。
「――王子、恐れながら申し上げます。一貴族の娘である私には、本来王族の方と直接お言葉を交わす権利がありません」
その声に、目の端で王子がピクリと反応を示したのを肌で感じた。
なるほど。
どうやら一応は、こちらの話を聞く耳を持っているらしい。
もしも彼がそれを持っていなかったら言葉以外の対抗策を考えねばならないかと思っていたが、それはどうやら杞憂だったようである。
「それ故の沈黙です。このように無許可で言葉を交わした事を含めて、この場で謝罪いたします」
そう言って、セシリアは下げていた頭を更に少し下げた。
すると彼は数秒の沈黙の後、セシリアにこう告げる。
「……先の無礼は許そう。そしてお前に俺と直接話す権利を与える。だから答えろ」
セシリア的には「じゃぁもう良いわ」とこちらへの興味を失ってくれた方が余程嬉しかったのだが、こうなってしまえば答える他は無い。
しかし、それにしても。
(王の前で、王の許可も無くそのような権利を容易に与えて良いのかな・・・・・・?)
そんな風に一瞬頭の端で考えたが、すぐに「でもまぁ」と思い直す。
彼の口から出た時点で、その言葉は『王族』の言葉だ。
そして王族には『威厳』というものが必要になる。
それを気にする以上は、他の王族も一度口に出した言葉を今更「やっぱり今のなし」だなんて事は言えないのだろう。
だからこそ、例え「これは自分勝手が過ぎる」と思ってもその苦言を少なくともこの場では口にできないのだ。
それに。
(彼が許可を出したところで『王族と直接話す権利は王族によって許可される』という原則に反している訳でもない)
幾ら子供だとしても、そして例え言動が王族としての自覚に欠けてるとしても、彼だって王族の一員だ。
その前提が崩れない限り、先の彼の言は決して無効にはなり得ない。
つまり。
(これは許可という名の強制だ。私に逃げる術は無い)
それはこの国が王政を取っている以上、決して逃れられない足かせである。
「……オルトガン伯爵家では代々『社交界デビューまでは他家の交流を行わない』という決まりがあります。その決まりに従い、私は今までのどの集まりにも一度として顔を出したことがありません」
初めて見る顔だ。
先ほどそう、彼は言った。
そうなると彼が欲しい答えは、きっと「何故初対面なのか」という疑問に対してだろう。
だからセシリアはその要因・自家の決まりについて簡単に彼へと話して聞かせた。
すると、先ほどまでの不機嫌さは何処へやら。
彼は途端に声へと喜色を滲ませる。
「ふむ、そうか。私もお前と同じく、今年が社交界デビューだ」
答えてくれたことが嬉しい。
そんな気持ちがありありと見て取れた。
それは自身の感情に素直な、実に子供らしい姿ではあるだろう。
しかしやはり王族の自覚には欠けていると言わざるを得ない。
セシリアがそんな風に心中で呟いた、その時だ。
「よし、お前には俺と仲良くする権利をやろう」
あまりに軽すぎる口調で、彼は爆弾を投下した。
そんな声にセシリアが何を思ったのかというと、それは勿論。
(馬鹿なの? それとも新手の嫌がらせなの?!)
辛うじて飲み込んだその言葉はしかし、心の中で爆発する。
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