第3話 一応悪あがきはしてみたけど



 やんわりと離れていった温もりを少しだけ寂しく思ったが、まさか謁見の場で親子揃って手を繋いでいる訳にもいかないので仕方がない。


 しかし手の支えが無くなっても、セシリアは不安も緊張も感じてはいなかった。



 先ほど自分でも言った通り、今回はただその場に居れば良いだけだ。

 何も難しいことを要求されているわけではない。


 王族に対峙するための所作は、存在する。

 しかしそんなもの、セシリアからすれば朝飯前だ。



 ただ一つ特段気をつけねばならないとすれば、それは。


(そう、この階段を転ばずに登ってみせること!)


 なんせ、いつもよりずっと登段数が多い。


 そうでなくとも家族や使用人達から事あるごとに「何で何もないところでそうポンポン転ぶんだ」「セシリアは、ちょっと転びやすい体質をしてるよね」と言われているセシリアだ。

 そんな自分との付き合いも、これで10年目。

 流石に彼女自身、その自覚は芽生えて来ている。


(万が一にも今ここで階段から転がり落ちようものなら、間違いなく生涯の恥)


 もしそんな事になってしまえは、社交界デビュー早々に笑い者だ。

 そんな事は是非とも避けたい。



 謁見終わり親子とすれ違った時あの少女に何故かちょっとどや顔を向けられた様な気がした。


 そんな彼女に「だから一体何なんだ」と思わないでもなかったが、セシリアが今一番重要視すべきは階段だ。

 そんな思考はすぐに端へと追いやられ、早々にかき消える。 




 無事に階段を登り切ったセシリアは、ワルターに倣ってに王族へと最敬礼をとった。


 しかしワルターがしたのは片足を跪き右手の平を心臓の上に沿えて頭を下げる、男性用の最敬礼。

 それに対してセシリアがしたのは、カーテシー。

 女性用の最敬礼である。



 そんなセシリアを目の端で確認してから、ワルターはこんな風に口上を述べ始めた。


「陛下に措かれましてはご健勝のこと、何よりでございます。オルトガン伯爵家当主、ワルター・オルトガン、本年度の御挨拶に伺いました」


 まずは毎年恒例の社交始めの挨拶。

 続けて、子供の社交界デビューに関する挨拶を行う。


「そして此処に居りますのは私の娘・セシリアにございます。今年齢10歳となりましたので、王並びに王族の方々へのご挨拶に伺いました。末永く、よろしくお願い致します」


 あらかじめ決められたそれらの言葉を、ワルターは1ミリの淀みも無く言ってのけた。

 すると王も、それに形式的な言葉を返す。


「ワルター、今年もよく来たな。この社交の場で貴族と顔を繋ぎ他家と連携して、より良い領地経営をする機会としてくれ」


 これは前半部分に関する返答。

 そして。


「――セシリア、お前をオルトガン伯爵家の令嬢として承認する。貴方がこの国の発展の礎となる事を願っている」


 そんな、一ミリも心がこもっていない言葉が頭上から降りそそいでくるのを、セシリアは頭を垂れたままただ淡々と聞いていた。


 そして王が口を噤んでからゆっくり2秒、ワルターがゆっくりと立ち上る気配をみせたのでセシリアもそれに倣う事にする。


(何事も無く終わりそうね)


 当然だ。

 そんな思いと共に、セシリアは安堵もしていた。

 それはきっと父の『やらかし』を知ってしまっていたからこそだろう。

 

 なんて思った、その時だった。


「セシリアというのか。初めて見る顔だ」


 セシリアの頭上から、突然そんな声が掛けられた。


(子供の声)

 

 予定にないその声に、セシリアの警戒心は格段に急上昇した。


 それと同時に解きかけていた最敬礼を再度し直して、その顔によそ行き用の微笑を武装する。

 そして「絶対に目が合わない様に」と、視線は床に固定する。



 こういう公式の挨拶の場では、王族から許可がなければ貴族は彼らの顔を見てはならない。

 目が合うなど言語道断、かなり失礼な行為なのだ。

 

 ・・・・・・というのは建前で、実はこれ以上面倒に巻き込まれたくないだけである。

 


 とはいえ、諦めもある。

 間違いなくこの面倒事は回避できそうにない。

 そう、セシリアの内心が言っているのだ。



 しかしそんな悪あがきと諦めのせめぎ合いも、端から見ればただの無視に相違無い。


「……おいお前、何で俺の問いに答えない。無礼だろう!」


 苛立ちと怒りの入り混じった声が先方から上がる。


 しかしそれでも、セシリアはまだダンマリを貫いた。

 何故なら、少なくとも礼儀作法上はこの対応で正解だからである。

 

 別に「この隙に誰かこの非常識な王子を止めて私達をこの場から逃してくれないだろうか」なんて悪あがきを未だにしつづけている訳ではない。

 そう、決して。


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