第2話 作法よりも不安なこと
王族への謁見は通常爵位の高い者から順番に行う事となっている為、セシリア達は必然的に公爵1家と侯爵3家の後、つまり4番目以降の順番だ。
そして同爵位の人間の謁見順は先着順となっている。
つまり、並ばなければならない。
セシリアとワルターが謁見待ち列の最後尾についた時には、先頭に1侯爵家、その後ろには先着していた伯爵家が3組並んでいた。
4組目として待っていると、1つ前に並んでいた小さな人影がこちらを振り返る。
女の子だ。
(おそらくこの子も、今年が社交界デビューなんだろう)
通常、当主以外の人間がこの列へと並ぶことは許されていない。
そして例外というのは結婚した年の配偶者か社交界デビューを迎えた子供だけだ。
その為、セシリア達の年齢ではデビューに伴う謁見でしかありえない。
などという、割とどうでも良い事を考えながら時間をつぶす。
しかしそんな思考はすぐに打ち切られた。
熱視線のお陰で、振り向いた少女の目当てに気付いたからだ。
セシリアが彼女に目の焦点を合わせると、意識が向いた事に気付いたのか。
彼女がニィッと笑ってきた。
(……何だろう?)
何となく、勝ち誇られているのだろう事は分かる。
しかしそんな顔を向けられる理由が全く分からない。
彼女の謎行動にセシリアが首を傾げていると、不意にクイッと手が引かれた。
とはいっても、何も列が先に進んだという訳ではない。
上へと引っ張られたのだ。
おそらく「こちらに意識を向けてくれ」という意味で。
「セシリア、緊張はしていないな?」
「恥ずかしながら、馬車を降りる頃には少し」
「そうか、まぁそう心配することも無い。余程のイレギュラーでもない限りすぐに終わる」
何故ならこれは、全ての貴族にとっての通過儀礼だ。
形式的なものであり、そうであるが故にイレギュラーの挟まる余地は限りなく無いに等しい。
そんな父のフォローを聞いて、セシリアは思わずニヤリと笑みを浮かべてしまった。
わざわざ『余程のイレギュラーでも無ければ』という前置きをしたのは、おそらく父本人が過去にそのイレギュラーと遭遇したからだ。
まさに今日の朝聞いたばかりのエピソードである。
忘れるはずも無い。
だから。
「お父様の時の様な方は、今回は居ないのですか?」
この言葉の大半は、セシリアの悪戯心で出来ていた。
大半というのは、そこにほんの少しだけ『念のための確認』が入っていたからだ。
万が一にも父の『やらかし』の二の舞にはなりたくない。
だから起こらない確証が欲しかったのである。
そんな娘の問いに、ワルターはニヤリと笑ってみせた。
そして、言う。
「アイツは、もうあの壇上には席が無い。そして今の王族には、少なくとも私が知る限りではあんな嫌味な奴も居ない」
そう言って「それに」と更に、笑みを深める。
「王族ももう、懲りてる筈だ」
『前回の件』が余程痛かったのだろうな、今ではもうちょっかいの「ちょ」の字も覗かせない。
そう溢しながら、目前を見遣る。
セシリアもそちらを向くと、そこには何十段もの階段があった。
そしてその先、壇上には王族たちが揃って謁見に来た貴族を迎えているが、そこにはもうワルターの『やらかし』の対戦相手・前王弟の席は無い。
王の兄弟は、王が前王となるのと同時に王族から貴族に降格する。
これはこの国の不文律だ。
前王弟もその原則には逆らえず、前王弟一家は今ではこの国ただ一つの公爵位を授かっている。
とはいっても、当の彼は数年前に息子に爵位を譲っているので、もう当主ではないのだが。
そういう訳なので、この場で父にとってのトラブルメーカーに会うことはあり得ない。
ワルターはそう断言しているのだ。
しかし、それにしても。
(ーーお父様にしては、珍しい)
先ほどのワルターの言葉は、おそらく皮肉だ。
既に貴族位を受けたのだから、アイツはもう王族では無い。
いくら威張り散らしていたのとしても。
きっと、そう言いたいのだろう。
ワルターは本来、誰にでもその様な物言いをする様な人間ではない。
余程彼を嫌っているのだろうと、容易に推察できる。
1つ前に並んでいた親子が連れ立って王の謁見へと向かった為、視界が開けた。
謁見の場へと続く階段には、金の縁取りが
された赤い絨毯が敷かれている。
そこから、目算でだいたい40段くらいだろうか。
その段をすべて上がった先で、王族達が椅子に踏ん反り返って待っている。
セシリアのすぐ前に並んでいた父子が壇上に上がり、どうやら膝を付いたようだ。
父の方の後頭部が頭を垂れるのが見えた。
そして同行者の女の子は見えなくなる。
傾斜の角度的に、おそらく見えなくなるのだろう。
(確かあの子と私、身長は同じくらいだった。ということは、私の姿もここからでは他の人には見えないのか)
それは、無駄な視線を段下から受けずに済むという事である。
だからといって何かが劇的に変わるわけではないが、気持ちは少し軽くなったような気がした。
と、そんな風に小さな発見をしていると、先程上がっていったその2人が壇上から降り始めた。
どうやら前の謁見が終わった様だ。
そう思いながら父を見上げれば、彼の瞳もちょうどセシリアを映していた。
その目が言っている、「行くぞ」と。
そんな彼の号令に、セシリアは無言でコクリと頷いた。
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