第1話 王族
時刻は7時丁度。
ファンファーレが鳴り響き、王城パーティー出席者の視線はとある一点へと集まった。
皆の視線の先にあるのは会場の西、吹き抜けの2階聳える立派な扉だ。
音が鳴り終わると同時にその扉がゆっくりと開き、その向こうから幾つかの人影が現れた。
(多分、先頭の2人が現王と第一王妃。その後ろが第二王妃で、次が前王と前王妃。そして最後の2人が、王子たち)
セシリアはそんな風に当たりを付けながら、入場してくる初見の彼らを見上げる。
王族と聞くとどうにも身構えてしまうが、何のことはない。
普通の人間だ。
それが彼らに対してセシリアが抱いた第一印象だった。
吹き抜けになっている二階の廊下を歩く大人達は、確かにみんな『上に立つ者』としての振る舞いをしていた。
しかしそれも形式だけ。
そこにあるのは、決まった事柄をただなぞる様に遂行しているだけ。
どうにもそういう風に見えてならない。
(……上の空、っていう感じ)
王妃と子供達に、特にその傾向が強い。
セシリアはそんな風に独り言ちる。
しかし周りがみんなセシリアと同じ事を感じることが出来るかというと、全くもってそんな事は無い。
「凄い……あれが王様」
そんな呟きに視線を向ければ、おそらくセシリアと同じ境遇なのだろう少女が目を輝かせながら彼らを見上げていた。
チラリと周りの様子を観察してみれば、大人達でさえ大抵は彼らに好意的な視線を向けている。
しかし。
(あれの一体どこが『凄い』のだろう。ただパーティーの進行に従っているだけなのに)
セシリアからすると、そんな彼らの様子が不思議でならなかった。
だから思わず首を傾げてしまう。
すると、頭上から控えめな笑い声が降ってきた。
クツクツと笑うその声を見上げてみると、そこに居たのはセシリアの父・ワルターだった。
「やはりお前も思うか? 『普通の人間だ』と」
口元にてを当ててそう言ったワルターは、しかしチラリと見える口の端の緩みを完全には隠せていない。
どうやら余程面白かったのだろう。
彼の声に、セシリアはただ素直に頷いた。
するとワルターは「そうか」と言って言葉を続ける。
「キリルの時もマリーシアの時も、まったく同じ反応だった。どうやらクレアリンゼも、デビュー当時に似た印象を受けたらしい」
その観察眼はきっと、母方の血が為せる技なのだろう。
そんなワルターの声に、セシリアは「なるほど」と頷いた。
(確か、お母様は昔から表情から相手の思考を読む能力に長けていたって・・・・・・)
そんな風に少し前に両親から聞いた言葉を思い出す。
周りが気付かない事に気付くことが出来るセシリアの観察眼は、おそらく母の血から得た先天的なものだ。
セシリアも、二人の兄姉と同じようにその性質を立派に受け継いでいるのだろう。
父とそんなやり取りをしていると、王が豪奢な椅子の前で立ち止まり体ごとこちらに向いた。
ささやかにあった会場内のざわめきが、その動作でシンと静まる。
そんな面々を一度グルリと見回してから、王はおもむろに口を開いた。
「今年もよく来たな。皆、この1年を問題なく過ごしたようで何よりである。――これより今年の社交を開始する」
朗々としたその宣言に、周りから拍手が巻き起こった。
それを受けながら王族達は用意された椅子へと座る。
王族達が完全に席にその身を落ち着けた所で、拍手がパラパラと止み始めた。
再び喧騒が戻り始めた中、セシリアにまた声が掛かる。
「王が来た。貴族家の当主は、これから王に社交開始の挨拶をしに行かねばならない。そして今年はお前も同伴する必要がある」
「はい、お父様。謁見の場での礼儀作法はきちんと頭に入っています。とは言っても、私はただ礼儀を尊(たっと)んでその場に居ればいいだけなのでしょう? 大したことありません」
今後の予定を告げてくれるその声に、セシリアは言外に「大丈夫」と告げて見せた。
これは別に強がりでも何でもない。
現に王族と絡むのは当主である父だけで、セシリアは本当にただの顔合わせとしてその場に居合わせるだけである。
社交界デビューのこの日。
王族との謁見も初めてなセシリアだが、取り立てて何かをする訳でもないのだから気も楽だ。
そして「ただ事実を伝えただけ」というニュアンスをセシリアから感じ取って、ワルターは少し安心したように「その通りだ」と笑ってくれた。
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