第10話 私は白馬の王子様を待ったりしない

「ここで働かせてください! はい、腹の底から声出して言ってみて!」

「ここではたらか――いや、別に働きたくないわ。俺は別にこのままでいいんだよ。異世界転生流行ってるし、そろそろ俺も転生できそう」

「異世界転生? そんな簡単に転生させてたまるかっ! いいからちゃんと腹の底から声出して! もう一回!」



私は空太郎さんを王子様にすることに決めた。

空太郎さんが無職なところ以外は好きだから。

電車のなかで幽霊から私を救ってくれたかっこいい姿も、滅茶苦茶タイプなイケメン顔も、幽霊少年の分の映画のチケットもちゃんと買う(でも冷静に考えると誰の金)

ところも好きだから。

私は白馬の王子様を待ったりしない。

白馬の王子様は私が作る。


「もう~、私は腹の底から声が出る人が好きなのに!」

「そんなこと言われても……。ていうか世里奈ちゃん、いつ帰るの?」

「空太郎さんが腹の底から声が出せるようになったら」

「空太郎、はやく腹の底から声出してよ~」

ユキトくんが横からチャチャをいれる。


「ここで――ここで働かせてください!」

「このくらいなら店長の許可もらえそうっすね」


謎についてきた将太郎からのお墨付きがでた。


「マジで!? こんなもんでいいの? こんなん腹の底から出てないでしょ」

「いや、俺の職場そこまで体育会系じゃねえし、基本顔採用だし」

「将太郎でいいなら誰でもいいってことじゃん」

「なんだと!?」

「なんかこの特訓無駄じゃない? もうちゃっちゃと面接受けなよ」


ユキトくんの一言で、特訓はあえなく終了した。


* * *


「ここで働かせてください!」

空太郎さんの中途半端な声が昼下がりの穏やかなカフェに響く。

やっぱりまだ腹の底からは声が出ていない。

店長は玉ねぎ頭の顔の怖いお婆さんではなく、えらい美人なお姉さんだった。


「ちょっと、店長すごい綺麗な人じゃん」

「だろ? 開店時間中、炭酸水とナッツしか食ってるところ見たことねえんだ。お前もナッツ食ったほうがいいんじゃね?」

「ナッツ? 食べてみるか」


将太郎とコソコソ話している間に空太郎さんの面接は続く。


「で、いつ働きたいの?」

「いつでも行けます!」

「そんなこと言ってると良いように社会に使われちゃうのよ。社会に出る気があるならちゃんと私相手に交渉してみなさい」


どうやら将太郎は空太郎さんが大学卒業後無職だったことを先に店長に話していたようだ。


「本音を言うと働きたくないけど、まずは週4日……いや、3日からなら……。あと、土日は忙しそうで回せる自信ないんで、月火水とかがいいっす」

「なるほどね。考えてみましょう。私ね、『労働条件とかでなんでもいいです』って人嫌なの。私は私の奴隷になってくれる人じゃなくて、私と対等に話してくれる人と仕事したいの。よろしくね」


店長はそう言うと空太郎さんに握手を求めた。

店長の綺麗な細い指と真っ赤なネイルが格好良かった。

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