第5話 スクリーンに近い席は首が疲れる

劇場へと向かう道で、幽霊少年はぽつりぽつりとエウァのことを話してくれた。

幽霊少年ととぼとぼ歩いていると、将太郎と黒づくめの男との距離がどんどんひらいていく。


「ねえ~将太郎、ちょっと待ってよ~!」


将太郎はあまり耳がよくない。

ヘッドフォンをつけて大音量で音楽を聴く習慣のせいだ。


「ねえってば!!」


将太郎じゃなくてもいい。

黒づくめの男を呼ぼうとして、名前を知らないことに今更気づいた。

隣の幽霊少年の名前も知らない。


「ちょっと待ってて」


幽霊少年はそう言うと、瞬間目の前から消えた。


「えっ」


キョロキョロ周囲を見回すと、黒づくめの男の前に立ち、こちらを指差している。

将太郎と黒づくめの男が振り返る。


「やっと気づいた」


瞬間移動とかできるんだ。

まあ幽霊だもんな。

幽霊少年に歩幅を合わせて歩いていたつもりだったのに、歩幅を合わせてくれていたのは彼のほうだったんだなと気が付く。


「うわぁっ!」


目の前にいきなり幽霊少年が現れる。


「戻ってきてくれたんだ」

「うん」


瞬間移動ができない私はどんな歩幅で歩けばいいのかわからなかった。


* * *


劇場に入ると幸いあっさりチケットは購入できた。

黒づくめの男がここは年上の自分が――、と4人分のチケット代を払ってくれた。

ちゃんと幽霊少年のチケットも買ってくれる人でよかった。

なんとなくそう思った。


「あのさ、ここで自己紹介しとこうよ」


映画館併設のカフェで駄弁だべる。


「なんだよ。お前合コンじゃないんだからさー」


将太郎がめんどくさそうに切り捨てる。


「合コンじゃないけど、普通名前も知らない人と映画一緒に見ないでしょ」

「まあ……」


将太郎の歯切れの悪い返事を遮り、先手を打つ。


「はい! 私、渡世わたせ 世里奈せりなです! 桜宮大学の1年生です! よろしくお願いします」

「俺は、八雲やくも 空太郎くうたろうです。よろしく」


えっそれだけ? もっと詳しく知りたい――。


「俺は弓永ゆみなが 将太郎しょうたろう。ずっとこいつの幼馴染で腐れ縁ってヤツ。よろしく」

雪野ゆきの ユキトです。一応16歳でした。今日は僕のためにありがとうございます」


将太郎と空太郎さんに私からユキトくんの自己紹介を伝える。


ユキトくんの姿も声も聞こえない将太郎と、姿は見えど声は聞こえない空太郎さん――。

4人での会話はなかなか難しいんだけど、なんとか盛り上げようと頑張った。

将太郎はなんだかんだ言いながらも、結局は協力的でユキトくんのことは見えない癖に見えるかのように振舞っていたし、空太郎さんは年上なりに会話をリードしたり、楽しい雰囲気になるような冗談なんかも言ってくれた。

会話のなかで実は空太郎さんもエウァが中学生だったころ好きだったことがわかり、私を介してユキトくんとも会話が弾んだ。


「久々の映画も久々のエウァもなんか緊張するな……」


ユキトくんは少しエウァのシンイチくんに似ている気がした。

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