第216話 ケルン派の起こり



ケルン派の起こりについての話でしたな。

世間ではこう言われていますが――


『ブクブク肥えた醜い体で祈る暇があったら鍬で畑を作りやがれ豚ども。それすらできない豚は屠殺場へ行け』


ある日、正統を信仰する修道院にて、一人の神母がそう声高に絶叫を挙げたそうです。

聖職者が男娼を買う売春、賄賂をもらって聖職の売買、夜には修道院で乱痴気騒ぎ。

そんな腐敗に耐えかねたようで、そのまま修道院からは叩きだされるようにして飛び出しました。

こんなソドムとゴモラみてえな町から出て行ってやる、私が塩柱になることは一生無いと捨て台詞を吐いて。

彼女はそのまま、ある開拓団の一員に加わって旅立ったということです。

そこで一念発起して作り上げたものが、ケルン司教領であり、ケルン派という宗派の始まりと言われています。

今では武器と銃火器の工房がずらりと並んだ河川沿いの工房都市でしてな。

その都市の発展は近年稀に見るほどだと言われております。


「まあ、ざっくばらんにケルン派の起こりを説明すればこんなところです。その発展による金銭を使って、枢機卿の座を手に入れたなどの話は教皇が一番ご存じでしょう」

「よく覚えているとも。別に宗教的名誉が欲しかったわけではないことも」

「まあ、枢機卿になれば宗教界における立場の強化になりますからな。名誉はともかく、ケルン派の立場を守る権利は欲しかった」


やや生臭い話をしている。

異端審問だと言うのに、地位を金で買った枢機卿の話と、金で売り渡した教皇の話。

このアナスタシアは、状況をやはり掴みかねている。


「さて、破門まではされねど、修道院を飛び出したばかり。開拓団の一員にすぎなかった彼女が何故かリーダーとして司教領を作るにまで至ったわけ。金で領地を買ったわけでもなく、領主から土地を譲渡されたわけでもなく、開発した土地をその手に支配するに至った経緯、これを説明しますと長いのですが――」

「説明は簡単だな。一言で済む」


教皇が、横から口をはさんだ。


「ケルン派の創始者が、超人であったのだろう?」

「まあ、一言で言ってしまえばそうですな。教皇猊下。貴女のように腕っぷしも強ければ、頭もおよろしくて。大猪や熊を素手で殴り殺すことも出来れば、様々な学術にも精通しており、誰からも頼られる存在でありました。そりゃあいつのまにか開拓団のリーダーになっているのも不思議ではありません」


ですが――。

と枢機卿は前置きして。


「別に自らに手を挙げて、自分がリーダーになったわけではありません。開拓途中で、元々の指導者が死んだゆえの代わりです。病死であったそうです。指導者の継承は誰もがその場で認めた遺言によって――。創始者は自分の知識も手も全力を尽くしましたが、助けることができませんでした。開拓は貧しくて厳しくて辛いものです。指導者以外にも、沢山の同行者が過酷な開拓で命を落としたと言われています」


ふむ。

ケルン派がポリドロ領のような開拓民に協力している意味が、今までイマイチ掴めなかったが。

少しだけ理解しつつある。


「ゆえにケルン派は開拓する者たちへの支援を怠らぬのです」


ケルン派にとって、開拓とは圧倒的な『是』である。

おそらくはケルン派の根っこの部分における『善行』という点において、これ以上はない扱いを受けているのではないか。

だからこそ多くの聖職者が開拓地に旅立ち、そこで開拓に協力して、教会を建てている。

創始者の行為をなぞることであるから。


「知っているとも、私もケルン派の開拓精神と、その開拓民への支援は間違いなく善行であると判断している。これを異端呼ばわりするものがいれば、それはすでに聖職者ですらないものだ。土まみれの貴方たちの手に薄ら笑いを浮かべる阿呆どもがいれば、私が代わりにくびり殺してやっても良い」


教皇もまた、これを否定する意思を見せない。

開拓は善行である。

何かを奪いて利益を食むのではなく、自らに小麦を育ててパンを作るのだ。

あなたがたは、産めよ、増えよ。

地に群がり、地に増えよ。

尊い言葉ではある。

しかし、その前文にはだ。


「開拓はとても良い。それは善行だ。はて、しかし」


人の血を流す者は、人によって自分の血を流される。

汝、殺す勿れ。

そのようにあるのだ。

だんだんと流れが変わってきている。


「ケルン派による工房都市からの、殺人の道具の大生産はいかがなものでしょうかね? メイスにピストルの販売はおろか、マスケット銃や大砲に至っては多くをケルン派が製作している」


教皇が異端審問を問うポイントは『ここ』だろうか。


「この私が。クロスボウを代表とする凶悪な殺人兵器を禁じていると言うのに、ケルン派はむしろそれを推奨しているなどと伺いましたがね?」


びっと教皇が指を差した。

ケルン枢機卿が横に立てかけているマスケット銃である。

こんな異端審問の席にまで持ち込んでくるものではない。

それを許す教皇も教皇である。


「その教皇のクロスボウ禁止令を守るものがおりましたか?」

「残念ながら、おりませんね」

「そうでしょうな。相手は使ってくるのにこっちは使えぬなど、ただ殺してくれというようなもの」


ケルン枢機卿が首を振った。


「もっともルールを守らぬもの。山賊なのか傭兵なのかもよくわからぬ集団、世の犯罪者は平気で使うんですよ。教皇猊下。こちらが使わずしてどう対抗せよというのですか」


あっけらかんと、何の罪も感じていないように枢機卿は言い放った。


「教皇猊下は開拓民の現状を知らぬから、クロスボウが禁止などと平気で言えるのですよ。なにもないんだ」


枢機卿が続いて、何もないと。


「なにもない。なにもないのですよ。東方植民におけるケルン創始者の開拓時には本当に何もなかったのですよ」


なにもないのだと、三度も口にして答えた。


「確かに、広大な領地をもつ領主が少しづつ領地を広げる目的での開拓であれば、皆もそれなりに幸せでしょう。たまに故郷に帰ることもできれば、母都市からの支援も得られる。だが――創始者が参加した開拓は違ったのです。家を建てる資材がない。それを木々から手に入れる道具もない。口にする食料がない。森で獣を狩るための能力を持つものなどは殆どおらず、麦を育てるちゃんとした知識を持つものさえ少ない。文字すら読めず、自分の名前を書くことすらおぼつかぬものさえいる」


――話に若干ずれを感じる。


「ケルン派の創始者が参加した開拓団は棄民も同然だったのです。地獄のような生活の中で、それがどれだけ彼女の怒りをかきたてたか理解できますか? そうして、少しずつ積み上げて手に入れたその開拓を横合いから奪おうとする山賊集団に出会ったことは? 命はおろか、村民集落ごと奪われようとしたことは?」


枢機卿が、何か思いをはせたように何処かを見ている。

これは反論ではあるが、おそらくそれとはずれている。

彼女が若い頃に参加した開拓地での出来事を、単に思い出して口にしているだけである。


「我々は兵器を開発し、自衛せねばならぬのです。これは異端の行為ではありません」


殺人は悲劇を生む、その兵器をばらまくのは異端ではないと?

ケルン派の作った武器が山賊の物にならないなどと、どうしていえるのか?

そう口にしたいところであるが、ケルン派の味方として来ている私が口にすべき言葉ではない。


「そうですね」


教皇はあっさりと頷いた。


「まあ、自衛まで禁じては、宗教戦争や開拓時の武装まで禁じては、宗教騎士団は何なのかという話にまでなってしまいますし。そんな長話に付き合わせては、ヴィレンドルフのカタリナ女王などは飽きて帰ってしまうでしょう。すでに欠伸などもしておられます」


カタリナ、横で欠伸するのは止めてくれ。

多分緊張しすぎての欠伸だと思いたいが――


「なんだか眠たくなってきた」


なんて小声で言うのは止めてくれ。

完全に飽き始めているな、カタリナ。

ヴィレンドルフ人は小難しい話を嫌うのだ。


「話を少し変えましょうか? まあ、自衛のための武装はよろしい。ピストルを持つ神母がいても構いはしない。武器を銀貨によって販売するのも認めましょう。修道院がワインを売るのと同じなどと言われては困りますがね。ですが――」


ふと、教皇が眉を曇らせてブツブツと呟いた。


「冶金術……。武器の生産と銃の開発における、技術の向上と発展……いや、本当の目的は何を……」


小さな声だった。

全ての言葉が聞きとれたのは、教皇と枢機卿の横に座っているテメレール公ぐらいであろう。

そのテメレール公も、同じく訝し気な顔で何かを考えこんでいる。


「単刀直入に聞きます。ケルン派は火薬を何の目的で作りましたか? 武器や銃を作ったのは自衛だけが目的ですか? 何を、何処を目指している?」

「……『我々が本当に欲しいもの』のためには、両方の技術が必要であることは事実です」

「質問に答えていない!」


教皇が大きな声で叫んだ。

このアナスタシアには、何を会話しているのかさっぱりわからぬ。

ケルン派は火薬の売買によって、火薬を生産することができるようになって莫大な利益を得た。

ケルン派の工房都市が生む武器や大砲も、高額で取引されている。

開拓民をただただ応援する粗末な小派閥であった頃と違い、ずいぶんと金持ちになった。

ケルンはその金のほとんどを、火薬やら銃やらの開発に注いでいるらしいが。

傍目から見れば大成功だ。

それでよいのではないかね?

硝石の厳密な生成方法、醸成場の数、高品質な火薬を作り出すための方法を公にする。

代わりに、火薬流通の全てを支配する権利を帝国内で勝ち取る。

それが目的だろうとアスターテなどは口にしていた。

だが――


「全ての質問には答えるつもりです。教皇猊下。だが、一方的に喋らされるのはいかがなものでしょうか」

「つまり?」


ケルン派はそれを望んでいないようだ。

何か、何処か、遠いものを望んでいる。

ケルン派の教義を考える。

確か――物質を。


「物質を超えたパン、ケルン派が本当に目指す物の一歩手前。その詳細を明らかにしたいのであれば、私は逆に問います。教皇猊下。貴方は何がしたいのです? これから帝国をどのように扱うつもりなのですか」


ケルン枢機卿が、人を射抜くような視線で教皇を見た。


「教皇猊下。お答えください」

「まだこちらの質問は終わっておらぬ。その後に話す」


ぱん、と。

また教皇が手をたたいた。

カタリナは、ビクっと背筋を震わせて「私は寝てないよ」みたいな顔をした。

一発殴ってやろうかと思ったが。


「ケルンが一部では『聖書』の代わりとして扱っているもの――『新世紀贖罪主伝説』についての話をしよう。結局あれはなんなのだ?」


教皇のあれだけは何なのか本当にわからない、という怪訝な声を聞いて。

いよいよもってケルン派の異端扱いは免れないだろうな。

あれについての言い訳は無理だろうと。

私はそう思い、大きくため息を吐いた。

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