ファイル7 花火大会デート事件

 ・・・幕間・・・



 さすがに言わなければならない。


 私の秘密を。



 ・・・・・・・・





 今日は開港祭。


 桜浜高校からそう遠くない桜浜臨港公園をメインに、周辺で各種イベントが行われている。


 普段は木々と芝生に囲われて海を眺めるだけのこの公園も、今は土日のデパートくらいの混雑を見せていた。


 まあ、今はもう日が傾き、赤みを帯びだした頃で、帰り支度をする人も多い。


 しかしそんなところに私は現れた。


 目の前のアイリに誘われたからだ。


「すすす鈴先輩、やややややっぱり私服可愛いですね。そそそそそそれに、いつもより大人って感じで、すすすすす素敵です」


「そう?」


「こここここの世のものとは思えないくらい可愛いです! アイドルみたいに可愛いです!」


「アイドルはこの世のものよ?」


 私は言いつつ、なんとなく自分の服の再チェックをする。


 一応、祭でアクティブなことをするとも限らないので、下半身をスニーカーとデニムで固め、トップスもシャツに薄手のパーカーと、全体的に楽さ・動きやすさを重視したコーデになっており、我ながらあまりオシャレとは言い難い。


 むしろオシャレというならば、アイリのほうが気合が入っている。


 足元はスニーカーと私と同じだが、トップスは細かな花柄模様で緩めのブラウスで、ボトムは黄色のショートパンツというコーデで、アイリの活動的可愛らしさを見事に演出している。


 また耳元にはイヤリングがあり、髪は明らかに昨日美容院に行ったばかりで、普段はしないウェーブもあり、さらにメイクも濃くはないが丹念に決めているのがよく分かる。


 私が家を出る前の凛はいつもどおりだと思っていたが、そういえば寝間着にしているパーカーで頭を隠していたと思い出す。


 だから私は素直に言った。


「私よりアイリのほうが可愛いじゃない」


 ただ、


「えええ!? ええ!? そそそそそんなことないですよ。わわわわ私なんて鈴先輩に比べたら、たたたたたたいしたことないですよ。でででででも鈴先輩が褒めてくれたってことは、そそそそそそういうことですか!? あ、ちょっと、すみません! 無視だけはやめてください!」


 アイリが暴走を始めたので、私はアイリと他人のフリをして歩きだした。


 もっとも、この祭は縁日とは違い、各種体験会、地元有志などの音楽・ダンス発表などがメインであり、その多くのイベントは日が沈むころには終わってしまう。


 特設ステージでは私の知らない有名アーティストが何か歌っているようなので、とりあえずそっちへ向かうのも良いかもしれない。


 しかし、まもなくアイリが隣に追いついてきた。


「いやいや鈴先輩、向かう先が違いますし、私を置いてけぼりにしないでくださいよ」


 アイリは、どことなく子供に説教をするように言う。


 だが、


「さすがに外でああいう反応されると私が恥ずかしいのよ」


 そう言い返すと、アイリは「えへへ」と頭をかいた。


 私は溜め息を一つついて問う。


「で、向かう先が違うって、あなたはいったい私をどこへ連れていくつもりなの?」


「え、ああ、それはですね。着くまでの秘密です」


「あなたが秘密って言うと、なんか不安になるわね」


「い、いいえ、あのいかがわしいところに連れ込もうなんて、一ミリも考えては――いないわけじゃないわけじゃないわけじゃ――あるんですけど――」


「あるのね」


「いえ、でも、ちゃんと花火は見ます。それが今日のメインイベントなんですから」


 アイリはにこりと笑う。


 珍しいことに、素直ないい笑顔である。


 だから私も軽く微笑む。


 実際、私も楽しみなのだ。


 なにせ、この祭の最大のイベント――花火なのだ。


 私達はその見物のためにここに来たのだ。


 ただ、見物する場所はアイリのオススメポイントになり、それは着くまで秘密だという。


 寒いサプライズにならなければいいが――。


「それじゃ、まあ、場所に関してはお任せするわ。ここからは遠いの?」


 私は不安感を無視して辺りを見渡す。


 本来、この花火イベントの専用席はこの公園内だが、この辺りは既に花火目当ての客が多い。


 ならば、やや遠くの公園や高所になるだろうと私は予測したのだ。


 ろくに本も読まないミステリー研究部員だが、一応予測してみたのだ。


 すると案の定アイリは頷く。


「ちょっとだけ。でも今からなら、そこらへんをブラブラとデートしてても花火には余裕で間に合います」


「……集合時間が早いとは思っていたけれど、そういう目的があったのね」


「あ、いや、でででででも、せっかくなんですし……」


 アイリは慌てて言い訳をする。


 だが、下手に追い詰めすぎると、また暴走しかねないので、私は小さく溜め息を――つかずに、歩きだす。


「それじゃ、とりあえずハンマーヘッドでも行く?」


 私は近くの商業施設の名をあげる。


 すると、


「ふふふ。鈴先輩は優しいから好きです」


 満面の笑みでアイリがついてきた。


 ただ、そうは言ってもせっかくの祭である。


 私達は公園内でまだ催されているイベントを一通り眺めていくことにした。


 特設ステージでは、私はそこで歌っている人物を知らなかったが、アイリは知っていたようで興奮していた。


 また、赤十字主催のブースでは心肺蘇生の練習をさせてもらえるということで、アイリが「私が倒れるので、鈴先輩が助けてください」と興奮していた。


 またさらに公園の外でも自衛隊の護衛艦を見学できるというので見に行ったら、夕焼けに照らされた船上がロマンチックということでアイリが興奮して暴走しかかったのを私が殴って止めた。


 そして、そうやって祭を堪能していると、日は本格的に沈みはじめて、


「鈴先輩! ちょっと速歩きしますよ! 花火が始まっちゃいます!」


 アイリが頭頂部を抑えつつも歩幅を広げた。


「あんたねぇ……、自分がプランを動かしているっていう自覚あるの?」


 私はスニーカーを履いてきて良かったと思った。


 ただ、歩みを進めるアイリではあったが、その行く先がどうにも不思議だった。


 私の予想では、アイリのオススメするビュースポットというのは、どこであっても公園か高所だ。


 そうでもないと多くのビル群が視界を閉じ、花火も隠されてしまうからだ。


 だが、アイリが行く先に公園のような広々とした場所はないはずだった。


 またしいて言えば、近くには展望台のある塔もあるが、そこも人でごった返しているのでオススメとは言いにくい。


 そうなるとこの先にある場所と言えば――


「ここです」


 ちょっと息切れしているアイリが言う。


 それは、辺りが暗くなっていることもあり、とても不気味だったが、とても見慣れた建物だった。


「ちょっと待ってよ」


 私は眉間にシワを寄せて言うが、どうやらアイリの冗談ではないらしい。


 アイリの言うオススメのビュースポットは、私達が通う桜浜高校だったのだ。


 私の驚いた様子に、アイリは笑う。


「予測とははずれていましたか? ふふふ。鈴先輩は探偵には向いてないみたいですね」


「む――。でも、学校から見えたとしても、今日は学校も休みでしょ。中に入れなくちゃ意味がないでしょ」


 アイリの小馬鹿にしたような言い方に、私はちょっとムキになる。


 だが実際、学校は見る限り廊下も教室もすべて真っ暗であり、用務員や事務員ですらいるのか怪しく、いるとしたら幽霊だけという雰囲気だった。


 そして幽霊がいるなら私は絶対に入りたくはない。


 しかしアイリは、「タラララッタラ~♪」とひみつ道具を出すときの効果音を口ずさみながら、ポケットから取り出した。


 鍵の束を。


「え――」


 私は、学校がビュースポットということにも驚いていたが、これには唖然とした。


「羅生門先生から借りました」


 アイリはなんでもないように、ミス研顧問の名をあげた。


 ――あのダメ顧問。


 私は呆れるが、「それじゃ行きましょうか」とアイリは軽々と校門を飛び越え、スマホのライトをつけた。


 こうなったら私も腹をくくるしかない。


 ホラーは苦手だが、アイリ一人を行かせるわけにもいかない。


 幽霊なんて怖くない!


 私は内心だけで奮起し、私は校門を飛び越えた。


 ただ、せっかく私が奮起したというのに、アイリが歩みだしたのは、校門から比較的近い場所だった。


 しかも私が通い慣れた場所――幽霊塔とも言われる部活棟、その最奥――ミステリー研究部の部室。


「ここ?」


 私が首を傾げると、アイリは「はい」と頷きながら部室の鍵を開ける。


「本当は北棟の屋上が絶景らしいんですけど、そこまで行くのは鈴先輩が怖さで参っちゃうかなって思いまして」


「え?」


 私はアイリの言葉に驚きながらも、バレていたのかと恥ずかしくなる。


 ただアイリは必要以上に私を追い詰めようとはせず、


「ちょうどいい時間ですね。ほら、鈴先輩。花火、こっちです」


 そう言って私の手を取り、私を窓際へと引き寄せる。


 すると、本当に良いタイミングだった。


 暗闇の奥で小さな光の玉が昇り、消えたと思ったら、爆ぜた。


「わぁ……」


 私とアイリは、ほぼ同じ感嘆の声をあげた。


「アイリ、見えてる?」


「はい、見えてます」


 私達は決して大きくない窓際に寄り添った。


 その光景は、確かに絶景とは言えないが、しっかりと見えた。


 最初は大きくて赤々とした花火が多く打ち上がった。


 だがすぐに小さな花火、青い花火、緑の花火が打ち上がる。


 また、地上からは幾本かのビームで空を照らしはじめ、無数の光のコントラストがそこに広がり、


「痛い!」


「うるさい!」


 良いムードだと思ったのか、アイリが私の手を握ろうとして、私がその手をはたいた。


 私は大きく、大きな、大きい溜め息を混じりに言う。


「少しくらい黙って花火見れないの!?」


「少しくらいいいじゃないですか! 減るもんじゃないですし!」


「減るんじゃなくて増えるの! 私の中のストレスが!」


「じゃあ、なおさら手を握りましょう! 人は人と触れ合うと幸せホルモンのオキシトシンが出るそうですよ!」


「あんたと触れ合うなら、家の毛布と触れ合ってたほうが幸せよ!」


「ええーーー!?」


 本当なら、私とアイリは無断で学校に侵入しているので、できる限り静かにしなければならないはずだったが、今はともかく怒鳴り合っていた。


 しかも、


「そんなこと言って、この前は私のおっぱいにドキドキしてたくせに」


「はっ――。妹と同じ顔と体型のやつにドキドキなんてしないわよ」


「む。まだそれを言いますか」


「ずーっと言うわよ。それに果南のに比べたらあんたのおっぱいなんてゴムボールみたいなものよ」


 つい、私が言い過ぎたのが悪かった。


 私がゴムボールと言った途端、アイリの目つきが変わった。


「そそそそそれじゃ今確かめてみてくださいよ! わわわわ私のおっぱいは、中学時代から高級マシュマロって評判だったんですよ!」


「下品な評判じゃない! そして本当に脱ぐな! 脱ぐな! ブラが見えてるわよ!」


 アイリは暴走モードに突入した。


 私はアイリの腕を必死で押さえつけるが、一度暴走したアイリは殺人鬼ハイド――というより超人ハルクである。


 かろうじて動きを遅くさせることはできるが、アイリはものの数秒で下着姿の胸を露出させてしまう。


「さあ! 触ってください! 揉んでください!」


「あんた今どんだけの変態行為してるか分かってるの!? 私、ドン引きしてるわよ!」


「そんなこと知りません! 私は鈴先輩に触れられれば満足です!」


「そういうところに私がドン引きしてるって分からないの!?」


 このままでは学校への無断侵入の上、公共の場でのハレンチ行為をすることに――と、


 スマホが鳴った。


 私のスマホである。


 LINEやその他アプリの呼び出しではなく、電話のコール音が鳴り続けている。


 私はアイリを止める手を緩め、またアイリもここで無闇に暴れたりはしない。


「もしもし……」


 私は電話を取り、相手との会話を始める。


「……うん、見てるわ。……あぁ、そう、アイリと一緒。……うん。……うん。……私も。……それじゃ」


 二十秒ほどで電話は終わる。


 だが――、


 私は、深く息を吐いて、部長専用の安楽椅子に腰掛け、悩みだした。


 ただ、耳には花火の爆発音だけが聞こえるが、窓の外には目を向けなかった。


 そんな私の様子にアイリが怪訝そうな顔をする。


「だだ誰から、ですか?」


「……誰だと思う?」


 私は、すぐに答えたくなくて、そんな面倒な返しをした。


 しかしアイリは真面目に考える素振りを見せ「部長ですか?」と答える。


 だが違う。


 確かに果南は良いタイミングで現れがちだが、今回は違う。


 だから私は、意を決して言うことにした。


 息を吸って、吐いて、言う。


「電話の相手は――」


 私の秘密を言う。


「私の彼女よ」


 私は言った。


 言った瞬間、アイリが固まった。


 マネキンみたいに、静止画みたいに、メドューサに睨まれて石化したみたいに、完全に停止した。


 こいつ、動かないぞ。


 瞬き一つしない。


「アイリ?」


 私は声をかけるが、返事はない。


 ただの屍のようだ。





 ・・・幕間・・・



 アイリはしばらくすると動き出したが、何やら怖い顔でブツブツ言い、妖怪のような足取りで一人部室を後にした。


 さすがにその後を追いかけることができなかった私だが、こうなると一人で暗い校舎を歩かなくてはならないことに気づき、気分が落ち込んだ。


 そして、私もさっさと帰ろうか、花火を見ていこうか考えだしたとき、


「ひゃっ!」


 暗闇に一人でいたために、再びのスマホの呼び出しに私は驚いてしまった。


 画面を確認すると、そこには「森井凛」という文字が。


 私はなんとも言えない気分になるが、ともかく通話ボタンをタップした。


 ただ、


「もしもし」


「あ、もしもし、お姉ちゃん?」


「え? うん、私だよ。どどどどうかした?」


 電話の向こうはやけに明るい声であり、私は驚いてしまった。


「今、花火見てるの? 綺麗?」


 凛は普通に普通の世間話を始めた。


 私は、凛の目的が分からず、急に怖くなってきた。


 だが凛はあくまで普通に語るので、私も極力普通でいようとする。


「そうね。花火見てるよ。とっても綺麗だわ。えっと、要件はそれ?」


「あ、ううん。あのね、お母さんが、お姉ちゃんは今日の晩ごはんいるのかな? って。お姉ちゃん、アイリさんと花火見に行くって言ってたけど、晩ごはんはどうするのかな? って」


「ああ――晩ごはんね。そういえば食べてなかったわ。家で食べるから、ラップしておいてくれると嬉しいわ」


 私は普通に言うが、途中で、あれ? と思い、


「凛――、あなたどこいるの?」


 尋ねた。


 すると凛は、


「どこって――もちろん家だよ」


 そう答える。


 そして私が耳をよくよく澄ませれば、母親の「お姉ちゃん、なんだって?」という声が聞こえてきた。


 ちなみに、ここから私の家まで、例え全力で走りきっても二十分はかかる。

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