第98話 荒野の風に吹かれる機人たち 30


「……テツヤ、テツヤ、大丈夫?」


 気力が尽きてその場に膝をついた徹也に、泣きそうな顔をしたナナが駆け寄った。


「大丈夫だよ、ナナ。それよりここにいたらまた、襲われるかもしれない。俺が店まで送って……」


 徹也が泣きじゃくるナナに語りかけた、その時だった。


「……俺をコケにしやがって、死ね機人!」


「テツヤ、危ない!」


 ナナが徹也の前に飛びだすのとほぼ同時に、銃声があたりの空気を震わせた。


「――ナナ!」


 立ちあがった徹也の目の前で、胸を赤く染めたナナがゆっくりと倒れていくのが見えた。


「ちっ、仕損じたか」


 狼狽えたようにそう吐き捨てたのは、先ほど徹也に殴られた僧服の男だった。


「きさまあっ」


 徹也は銃を構えると、敵に向けて発砲した。徹也の銃弾は敵の頭を撃ち抜き、眉間に穴を開けた敵はゆっくりと後ろざまに倒れていった。


「ナナ、ナナ、しっかり!」


 徹也は機人オイルで濡れたナナの手を握り、涙声で叫んだ。


「テツヤ……あなたを守れてよかった……これで旅が続けられる」


「旅なんかどうでもいい、死ぬんじゃない、ナナ!」


「ねえ聞いて、テツヤ。私ね、生き返ってから今日までの間、あなたと過ごせて本当に楽しかった。街の外に出て色んな人と会ったり、一緒に『誘拐ごっこ』をしたり……」


「そんなのほんの少しじゃないか。これからもっともっと、いろんなことをしょう、ナナ」


「そうしたかったけど……無理みたい。私、この一週間が生き返る前も含めて、人生で一番、楽しかったの。それもみんな、あなたと会えたおかげよ。ありがとう、テツヤ」


「ナナ、またゴメスさんに直してもらおう。君なら何度だって生き返られる」


「ううん、もういいの。だって私、本当はあの暴動の時に死んでいたんですもの。……テツヤ、あなたとの時間は機人の神様が私にくれた、ささやかなプレゼント。そうでしょ?」


「ナナ、もう話すな。君は死なない、機人が悪い人間に撃たれたくらいで死ぬものか!」


 徹也が叫ぶと、ナナは力尽きたように静かに目を閉じ、動かなくなった。


「ナナ――っ」


 徹也はナナの身体に覆いかぶさると、人目もはばからず号泣した。


「……徹也、行こう。ナナの言ったとおり、この街の人たちは仮の命を生きているんだ」


「それがなんだ。死人だろうとなんだろうと、ナナが動いて喋ってくれればそれでいい」


 徹也は泣きじゃくりながら、喚くように言った。


「基紀、旅は拓さんとお前で続けてくれ。僕はここに残る。ナナの身体を守り続けるんだ」


「徹也、お前の気持ちはわかるけど、それじゃ生きてる意味がない。ナナだってきっと、そんなこと望んじゃいないよ」


 僕が諭すと徹也は「生きてる意味だって?」と寂しげな笑みを浮かべた。


「そんなもの、たった今消えて無くなったよ。旅なんてどうでもいい。僕はこの街に残る」


「徹也……」


 僕が声をかけあぐねて沈黙すると、拓さんが「とりあえず、先に行こう」と肩を叩いた。


「徹也、俺たちはしばらく出口のところにいるから、落ちついたら来い。待ってるぞ」


 拓さんに促され、僕はナナの亡骸を抱いたまま動かない徹也に背を向け、歩き出した。

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