第97話 荒野の風に吹かれる機人たち 29


「これを見ろ機人。降伏しなければこの娘に『機喰虫』をけしかけるぞ」


 敵はそう言うと、足元のケースをつま先で蹴った。蓋が開いて中から出てきたのは、僕らを何度も襲ったあの忌まわしい生き物だった。


「――きゃああっ」


 もぞもぞと蠢いていた『機喰虫』が移動を始めると、ナナの喉から恐怖の悲鳴が迸った。


「やめろ、ナナに指一本触れるな」


「徹也、奴らの狙いは僕だ。僕が行く」


 僕が呼びかけると、徹也は頭を振って思いもよらない言葉を口にした。


「俺にやれ。そいつを俺にけしかけろ」


「……ふっ、面白い。では貴様から『機喰虫』の餌にしてやろう――やれっ」


「だめだ、徹也っ!」


 僕が叫んで近づこうと身を乗り出すと、徹也がこちらを向き「来るな」という目を僕に向けた。僕がなすすべもなく焦れていると、『機喰虫』はあっという間に徹也の身体を這い上り、鋭い歯で首筋に噛みついた。


「ぐあっ」


 徹也が苦悶の表情を浮かべ、僕が助けようと身を乗り出しかけた、その時だった。突然、「ぎいっ」という鳴き声が聞こえ、『機喰虫』が火花を散らしながらのけぞるのが見えた。


「――何だ?」


 火花と煙をまき散らしてもがく『機喰虫』の背中に食らいついているのはなんと、拓さんの『火花ねずみ』だった。『機喰虫』はもがきながら地面に落下すると、何かから逃れるように今度は敵の足をよじ登り始めた。


「……馬鹿、やめろっ。俺は機人じゃない、人間だ……痛ああっ!」


 敵は足を押さえながら倒れると、『機喰虫』を振り払おうと足をばたつかせ始めた。


「おい見ろ。よそ者だ。悪魔を連れてるぞ」


「本当だ。ゴメス様が追い出せと言ったのは、こいつか」


 どこから現れたのか複数の住民が敵の周囲を取り囲み始めた。やがて硬いもので何かを殴打する音が聞こえたかと思うと「ぎいっ」と言う声がして『機喰虫』の動きが止まった。


「よし、悪魔止まった」


「悪魔の仲間、連れて行こう」


 住民たちはぎこちない会話を交わすと、手わけして担ぎ上げた敵をどこかへ連れ去った。

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