第75話 荒野の風に吹かれる機人たち 7


「これが『誘拐犯』となる予定の人物、デビー・リンとアンソニー・ドラージだ」


 ゴメスは背後のディスプレイに映し出された一組の男女を、目で示しながら言った。


「二人はこのところ週末になると立ち入り禁止区域にバイクで出かけ、廃墟で乱痴気騒ぎを繰り返しているという話だ。このカップルを麻酔で眠らせ、モルグにあるコンテナに監禁するというのが第一段階だ」


「本物の誘拐も僕らがやるんですか」


「当然だ。アンソニーの体格を見た感じでは、大柄な方の君が適役かと思う」


 ゴメスがそう言って目線を向けたのは、徹也だった。たしかに画像の男性は上背があって肩幅も広く、徹也と共通する部分があった。


「えっ、お、俺ですか……参ったな……はい、わかりました。やります」


 いきなり指名された徹也は目を瞬かせると、気乗り薄と言った口調で応じた。


「女性の方は、どうするんです?」


「デビーは女性としては背が高い。恐らく君でもできるだろう」


「えっ、僕がやるんですか?」


「消去法だよ。君たち二人のうち、どちらかを選ぶとしたら君しかいない」


「……わかりました、やります」


 僕はがくりと項垂れると、ため息をついた。やれやれ、貧相な犯罪コンビのできあがりだ。


「もう一人、人質の見張り役がいる。あてはないか?」


「機人の街で待っている仲間がいます。その人にやってもらいます」


 僕は拓さんの顔を思い浮かべながら言った。事後承諾になるが、多分請け負ってくれるに違いない。


「君たちは不良グループを装って立ち入り禁止区域に侵入し、目標のカップルに近づく。そして面白い場所があるといってトラックのコンテナに誘導し、麻酔を嗅がせて連れ去るのだ。二人を監禁したら、次は顔を作り変えて誘拐の本番だ。この女の子を誘拐する」


 ゴメスがそう言うと、背後のディスプレイに七、八歳くらいの少女の姿が映し出された。


「事業で成功した機人の娘、エレナ・イセだ。もちろん、本人と両親にも狂言であることは伝えておく」


 利発そうな顔立ちの少女は、どこかジュナを彷彿とさせた。


「アンソニーとデビーに扮した君たちはエレナと両親が訪れているキャンプ場に行き、エレナが両親から離れたところを見はからって近づく。その際、訪れている他の利用客に印象付けるのを忘れないでもらいたい。誘拐自体が後でニュースにならなくては困るのだ」


 僕らは頷いた。怪しく見える自信はないが、サングラスでもかけていけばいいだろう。


「君たちはそのままエレナを攫い、拠点に連れてゆく。そして両親に身代金を要求する脅迫電話をかけるのだ」


「でも両親は仲間なんでしょう?」


「警察に通報したあと、脅迫電話の映像を捜査官に提供する必要がある。たとえ芝居であっても、やり取りは真に迫っているほどいい」


「なるほど。またお芝居か、参ったな」


「その後で、デビーの父親に娘を装って電話をかけるのだ。お父さん、長距離を走れる車が必要なの、手配してくれない?とね」


「何に使うのかしつこく聞かれたら?」


「答えずに、誤魔化すのだ。そして最後には「もういい」と言って電話を切る。父親は娘の要求を不審に思うに違いない。これがのちに役に立つ」


 僕はゴメスの語る誘拐計画を、整理しながら頭に詰め込んでいった。


「エレナの父親は事業を通じてデビーの父親と面識がある。脅迫電話の動画で犯人の一人が娘のデビーと気づいた、という設定で父親に相談を持ちかけてもらう」


「なんのために?」


「体面を重んじたデビーの父親はおそらく、身代金は自分に払わせてくれと言うに違いない。どうせ受け取った金は犯人である娘に渡るのだから」


 なるほど、そういうことかと僕は理解した。つまりこの計画の中心は誘拐ではなく、デビーの父親をターゲットにした詐欺なのだ。


「受け渡しの場所には、機人警官を装った仲間が向かう。そこで君たちは警官に蜂の巣にされる。……もちろん、報道のカメラが回っていることを承知の上での芝居だ。君たちが大げさに倒れると機人警官が「カメラを止めろ!」と叫ぶ。そしてカメラが止まった後、犯人確保のどさくさに紛れて機人警官の一人が身代金を持って姿を消す、というわけだ」


「そのお金はどこへ行くんですか?」


「半分は君たちに、もう半分はエキストラとエレナの両親に行く。その後で監禁していた二人を解放するのだ。デビーの父親も、今さら身代金の行方を追えとは言わないだろう」


 僕はしばらく言葉が出なかった。とんでもなく込みいったミッションだが、『ハートブレイクシティ』へのパスポートが手に入るのなら、請け負わないわけにはいかない。


「……で、二人の誘拐を実行に移すのはいつです?」


「数日以内に頼む。私も協力者と連絡を取らねばならないし、君たちも変装のやり方を覚える時間が必要だろうからね」


 ゴメスは満足気に告げると、グレゴリに「黒崎氏に売る商品はどうなった?」と尋ねた。

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