第74話 荒野の風に吹かれる機人たち 6


 グレゴリの言葉通り、宿らしき建物は車から降りた場所のすぐ近くだった。

 受け付けカウンターに立っていたのは、まだプログラムが上手く作動していないと思われる女性機人だった。


「ゴメス様のお客様ご一行ですね?……お部屋ある……二階奥……どうぞ」


 手すりの壊れた階段を上ってゆくと、暴動の跡なのか壁に弾痕の残る廊下が現れた。


「ここも襲撃にあったんですね」


 僕が何気なく尋ねると、女性は「私、ロビーで止めようとした……でも」と口ごもった。


 僕は女性が言わんとするところを理解した。客室のある二階の廊下に弾痕がのこっているということは、おそらく暴徒の侵入を防ぎ切れなかったのだろう。


「クロサキ、奥の部屋。オトモ、手前の部屋どうぞ」

 

 ――お供か、確かにお供だ。


 僕は苦笑しながら、自分の部屋へと移動した。荷物を置いて一息つくと、僕は廊下に出て黒崎の部屋の前に立った。


「黒崎さん、ちょっといいですか」


 僕が扉をノックすると、「なんだ?こっちはまだ片付いてねえよ」と声が返ってきた。


「徹也のことが気になるんで見に行こうと思うんですが、構いませんか?」


「ああ、構わねえよ。ただ不要なトラブルにだけは気をつけろよ」


「わかってます」


 僕はホテルを出ると、花屋があった往来に戻った。軒先を遠目にうかがった途端、思わず僕の口から忍び笑いが漏れた。エプロンを付けて店先を掃除していたのは、徹也だった。


 ――意外と似合ってるぜ、徹也。


 僕には徹也の気持ちがよくわかった。なぜなら徹也の表情が、初めて『天使』と会った時の自分を見ているようだったからだ。体格こそ違うが、徹也と僕はどこか似ているのだ。


「やあ新人さん、売れ行きはどう?」


 僕が声をかけると、はっとしたように徹也が顔を上げた。


「なんだ基紀か。ナナの調子がまだあまり良くないみたいなんで、今日だけ手伝わせて貰うことにしたんだ」


 徹也は僕のにやにや笑いを恨めし気に見つつ、歯切れの悪い説明を始めた。


「暗くなったら物騒だから、早めにホテルに戻った方がいいぜ」


 僕が忠告めいた言葉を口にすると、徹也は「うん」と言って困ったように店の奥を見た。


「心配なのはわかるけど、ナナは多分、夜になったらエネルギーの供給を止められて休止状態になるよ。……じゃあ、部屋で待ってるぜ」


 僕は徹也に別れを告げると、ホテルの方へと引き返した。途中、ふと背後が気になって振り返ると、店先に姿を現したナナと徹也が肩を並べて笑い合っている姿が見えた。


 ――今回は、危ないことはさせられないな。


 嬉しさと切なさの混じった複雑な思いを抱えつつ、僕は再びホテルへの道を辿り始めた。

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