第59話 荒海へと漕ぎ出す機人たち 14


「基紀、気をつけろ!」


 拓さんがそう呼びかけた瞬間、ノーマッドの放った『機喰虫』が意外な速さで襲い掛かってきた。咄嗟に払いのけようと僕が出した腕に、『機喰虫』の歯が突き立てられた。


「――うっ!」


 皮膚を食い破ろうとする『機喰虫』を引きはがそうと僕が手を伸ばすと、「やめろ基紀、下手にむしり取るな!」とショウの声が飛んできた。


 『機喰虫』は機械の身体を僕の腕に巻きつけると二の腕の皮膚を食い破り、ケーブルを噛み切った。


「あああっ!」


 僕が悲鳴を上げた瞬間、轟音と共に『機喰虫』の首から上が消滅した。拓さんがショウのマグナムで吹き飛ばしたのだ。


「大丈夫か、基紀」


 拓さんの声が聞こえた瞬間、今度は両脚に何かが巻きつく感触があった。思わず目を遣ると、蓋のずれた排水口と足首を這い上ってくる二体の『機喰虫』とが見えた。


「くくく……一匹だけだと思って高をくくったか?イグニアスナンバー5」


「な……なぜそれを?」


 僕がノーマッドを睨み付けようと顔を動かした途端、一体の『機喰虫』が僕の太腿に食らいついた。


「拓さん……撃って!足ならまだ後で付け直せる」


「――すまん、基紀!」


 拓さんの声と共に銃声が轟き、太腿に喰いついていた『機喰虫』の胴体が吹っ飛んだ。


「……うっ!」


 バランスを崩し、前のめりになった僕の腹部に、今度はもう一体の『機喰虫』が酸と思しき唾液を吐きかけた。


「基紀、早くそいつを引きはがせ!」


 ショウの声が耳に突き刺さり、僕は『機喰虫』の粘液でぬめった頭部を両手で掴んだ。だが『機喰虫』の食い破ろうとする力は強く、僕の皮膚は鋭い歯でたちまち引き裂かれていった。


「あ、あ、あ」


 悲鳴を上げる間もなく『機喰虫』は僕の腹に頭を突っ込み、『内臓』をむさぼり始めた。


 やがて身体の奥でバチンと何かが切断される感触があり、目の前が激しく明滅した。何かの配線を噛みちぎられたのに違いない。このままでは身体を食い荒らされて機能停止に陥ってしまう。


「基紀、動かずじっとしてるんだ」


 すぐ近くにいるはずの拓さんの声が、水中で聞いているかのようにくぐもって聞こえた。


「ふふ、食欲旺盛だな『虫』よ。だが『タナティックエンジン』まで食らうんじゃないぞ」


 ノーマッドのあざ笑うような声が聞こえ、僕が機能停止を覚悟した、その時だった。突然、エンジンの上げる唸りが空気を震わせたかと思うと、一台の中古車がガレージの内部に突っ込んで来るのが見えた。


「――あっ」


 中古車は僕にぶつかると、撥ね上げた身体を車体に乗せたままガレージの壁に激突した。


 僕がボンネットの上でしばらく動けずにいると、ふいに体の中で何かが起動する気配があった。普段聞いているモーターの物ではない不気味な振動が全身を包み、やがて『内臓』が急速に熱を帯び始めるのがわかった。


「な……なんだこれは」


 僕の身体は灼けた金属の塊のようになり、内部をむさぼっていた『機喰虫』が耐えかねたように体内から逃げだすのが見えた。


「まさか……『タナティックエンジン』が動きだしたのか?」


 ノーマッドの苦々し気な呟きが耳に届いた瞬間、僕は自分でもよくわからない力でボンネットの上に跳ね起き、壁の方を向いたまま立ちあがった。


「――ニガサン」


 僕の喉から自分のものとは思えぬ声が漏れ、視界が百八十度回転した。見えない力に支配された僕が戸惑っていると、今度は額が開いて銃身が外にせり出した。。


 ――これは、鬼藤と戦った時に起きた現象だ!


 僕が自分自身にやめろと叫びかけた瞬間、僕の意思とは無関係に額の銃が火を噴いた。


「――ぎゃあっ」


 僕の額の銃は逃げる『機喰虫』を過たず撃ち抜き、間髪を入れずショウや拓さんを襲いかけていた他の『機喰虫』たちも容赦なく破壊していった。


 ――やめろ、やめるんだ!


 僕は心の中で、『タナティックエンジン』に向かって銃の乱射をやめるよう呼びかけた。


 やがて『機喰虫』を一匹残らず破壊しつくすと、僕の銃は満足したように額に収まった。


「おお……なんてことだ」


 僕の逆襲に目を瞠っていたノーマッドは「このままで済まさんぞ、イグニアス」と憎々しげに吐き捨てると、,くるりと身を翻しガレージから立ち去った。


「僕は……僕はどうなっちまったんだ?」


 元に戻った頭部を手で確かめながら僕が呟くと、壁に突っ込んだ車のドアが開いて運転者が姿を現した。


「さすがに五体目ともなると非情さが段違いだな、少年」


 どこかとぼけた口調で僕に語りかけてきたのは、病院にいるはずのケンだった。

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