第58話 荒海へと漕ぎ出す機人たち 13


 ジャンが指定した集合場所は、刑務所から一キロと離れていない中古車店のガレージだった。


「やあ諸君、お疲れさま。君たちのお蔭で俺も久しぶりに外の空気が味わえたよ」


 囚人服からジャンパーに着替えたジャンはそう言うと、床に積まれたタイヤの上に腰を下ろした。


「さっそくだがジャン、どうやってショウを消したか教えてもらえないか」


 スティンガーが尋ねると、ジャンは「いいとも。実演ついでにショウをここに呼んでやるよ」とにこやかに応じた。


「まずはその、雑誌の束をこっちに寄越してもらおうか」


 スティンガーが回収した雑誌の束をジャンに手渡すと、ジャンはゴミにしか見えない雑誌の束をいとおしそうに撫でさすった。


「さて、ここからはショウが消えたからくりを逆再生でご覧に入れよう。一度しかやらないから、良く見ておいてくれ」


 ジャンはそう言うと、雑誌の表面を手で弄り始めた。しばらくすると雑誌の一部が蓋のように開き、くりぬかれた内部から囚人服に包まれた四角い物体が姿を現した。


「前もって雑誌の束を接着剤で固め、物を入れられるように中をくりぬいておいたのさ」


 ジャンがそう言って固く縛った囚人服をほどくと、中から淡い褐色の機械が姿を現した。


「こいつは俺の『身体』さ」


「身体?」


「俺は首を外すと身体が自動的に畳まれるようにできていてね。人の形をしているときは中が空洞だらけなのさ。普段はそこに密輸品を隠したりしてるんだが、いざというときは空っぽにして身体を畳む。そうすると人が一人消えちまうってわけだ」


 ジャンが自分の機能を説明している間に、四角い塊はみるみるうちに人の形に変化していった。ジャンはあっという間に出現した首のない『自分』を懐かしそうに眺めると、首を外して生まれたての自分に据え付けた。


「これで俺の方は完成だ。……だがまだ、ショウの仕上げが残っている」


「まさか今、首を外した方がショウの身体……」


「その通り。そしてショウの首がどこにあるかと言えば……」


 新しい体に移ったジャンは、薄笑いを浮かべながら首のない身体の前に立った。ジャンは首なしの身体に手を伸ばし、ジャンパーの前をはだけると胴体にあるハッチを開けた。


「――あっ」


 首なしボディの胴体に収まっていたのは、ショウの首だった。


「わかったろう?脱獄が完了するまで、俺の首はショウの身体の上に乗っていたんだ。そして首を挿げ替えた後、取り外したショウの首をショウ自身の腹の中に収めたってわけさ」


 ジャンはボディから取り出したショウの首を胴体に乗せると「これでいい」と言った。


「さあ、そろそろ起きたらどうだ、ショウ。娑婆の空気はうまいぜ」


 ジャンがからかうように言うと、生まれたてのショウの目がかっと見開かれた。


「……ああ、ジャン。それに……基紀たちか。久しぶりだな」


 約一週間ぶりに会うショウは、こころなしか疲れているようにも見えた。


「ショウ、この連中がチームプレイでお前さんをあそこから連れだしたんだ。感謝した方がいいぜ」


「ああ、わかってる。みんな、すまなかった。俺の警戒が足りなかったばかりに……」


 ショウが珍しく弱音を口にすると、スティンガーが「まあ、気にするな。別に貸しを作ったわけじゃない。諜報部と『機生界』のやり方に我慢がならなかっただけだ」と言った。


「ジャンはこれからどうするの?」


 僕が尋ねると、ジャンは薄洗いを浮かべたまま「そうだな……休暇を楽しんだら、刑務所に戻るかな」と驚くべき返しを口にした。


「刑務所に?……せっかく脱獄したのに、なぜ?」


「俺は脱獄の常習なのさ。今回のやり口も、戻って丁寧に説明すれば連中の知識が増える。……なに、いずれ刑期短縮になって出られるさ。俺は奴らの講師みたいなものだからな」


 ジャンがしゃあしゃあと言い放った、その時だった。突然、ガレージのシャッターが開けられる音がして外の光が刺し込んだ。


「……なんだ?」


 振り返った僕らの目に、逆光でシルエットになった人物の姿が見えた。


「祝賀会の邪魔をして申し訳ないが、脱獄囚の身柄をこちらに引き渡していただこうか」


 不気味な言葉と共に歩み寄ってきたのは、目付きの鋭い黒ずくめの人物だった。


「誰だ?」


「これは失礼、私は『機生界』司祭長ノーマッド。『タナティックエンジン』は我々が頂く」


「なんだと?そんなでたらめな要求が呑めるか」


 ショウが叫ぶと、ノーマッドは「どちらにせよ呑んで頂くことになる」と言って手にした籠の蓋を開けた。籠の中から姿を見せた物体を見た瞬間、僕は思わず「うっ」と呻いた。


 床の上をのたうち始めたのは人間の頭部を持った虫のような機械――『機喰虫』だった。

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