第57話 荒海へと漕ぎ出す機人たち 12


 ――ここが、さきほどショウという囚人が消えるのを目撃した同房者のいる倉庫です。


 薄暗い部屋の映像にかぶさるように聞こえてきたのは、所長の声だった。


 ――中に入って囚人と話をしても構わないか。


 ――それは……はい、承知しました。……おい、鍵を開けて差し上げろ。


 ――はっ、ただちに。


 刑務所長の声に続いて聞こえたのは拓さん……が化けた看守の声だった。やがて扉が開く様子が見えたかと思うと、コート姿の人物と背後で控えている刑務所長の姿とが見えた。


 ――扉を閉めてくれ。私一人で応対する。


 ――はっ、承知しました。……おい、扉を閉めて差し上げろ。


 倉庫の扉が閉ざされると、ジャンが見ている映像が見上げるように動いた。おそらくジャンの額のあたりにカメラが搭載されているのだろう。

 

 ――やあ、ご苦労さん。邪魔なギャラリーも消えたところで、さっそく早変わりといこうじゃないか。


 無表情でこちらを見ている警察署長にそう話しかけたのは、撮影している本人――ジャンだった。署長はその場に立ったまま帽子を脱ぐと驚いたことに自分の頭を首から外し、近くの机に置いた。さらに続けてコート、靴、スラックスの順で脱ぐと、その下から粘土のような灰色の首なし人間が現れた。


 ――オーケー、それじゃ『変身』を開始してくれ。俺をよく見てちゃんと似せてくれよ。


 ジャンがそう声をかけると署長はその場に崩れ、床の上でクリーム状の塊になった。これは遠隔操作で動くジェルタイプのロボットで、ナノマシンに命令を与えることでいかなる形にも変化するのだという。


 ジャンが囚人服を脱いで床に放ると、ジャンそっくりに変身したジェルは自分でそれをまとい始めた。


 ジャンは自分の頭部から人工皮膚をむしり取ると、署長だった『自分』の頭部にすっぽりと被せた。


 ――これでよし、と。それじゃ悪いがあんたの服を貸してもらうよ。


 声と共にしばらく着替え行為の映像が続き、コートを羽織ったところでジャンが机の上の『署長』に手を伸ばすのが見えた。


 ――なるほど、人間ってのは出世するとこういう面になるんだな。

 

 ジャンはおどけた口調でそう漏らすと、『署長』を機械の頭の上から被った。振り返ったジャンの前には着替えを済ませた『自分』が、背中を向けて座っている姿があった。


 ――そうそう、しばらくはそうやって模範囚の役を演じていてくれ。じゃあな。


 署長に扮したジャンはジェルに声をかけると、扉に向かって「面会は終了した。開けろ」と叫んだ。扉の向こうに刑務所長の顔が見えた瞬間、映像が途切れて端末の画面が暗くなった。


「ふう、こういうからくりだったのか。あとは視察を追えた署長が塀の外に出れば脱獄は完了ってわけだ」


 僕がジャンの鮮やかな手際に唸ると、拓さんが「そういうこと。あとはジャンと合流してショウをどこに隠したかを聞くだけさ」と言った。


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