第35話 明日なき戦いに挑む機人たち 2


 興行主との打ち合わせを終え、ビルを出るとなぜかライダースーツに身を包んだ麻利亜が僕らを出迎えた。


「徹也と拓は俺とアジトに戻る。基紀は麻利亜に『変身屋』に連れて行ってもらえ」


「なんです?その『変身屋』って」


「機人を人間らしく見せてくれる機械のメーキャップ屋さんよ。いいからついてきて」


 麻利亜はそう言うと、僕にヘルメットを渡してバイクの後ろに乗るよう、指示した。


「アジトの外ではちゃんと顔を隠すのよ。いい?」


 エンジンをふかしながら、麻利亜が厳しい口調で言った。


「歩いてる時までヘルメットをつけてたら、逆に目立っちゃうよ」


「これから行く場所に上手な隠し方を知っている人がいるから、ちゃんと教わって」


 やれやれ移動中もお説教か。僕は麻利亜の腰にしがみつきながら、ため息をついた。


 麻利亜がバイクを止めたのは、中華料理店かと思うような赤い看板の前だった。


「こんにちは、周さん」


「はいよ、その子が新人ファイター君?……なるほど弱そうね」


 フロアの奥から現れたのは、眼鏡をかけた丸顔の中年男性だった。


「実はこの子、色々あってハンターに目をつけられてるの。『変面シート』の使い方を教えてあげてくれないかしら」


「お安い御用よ。正直、人間より機人を扱う方が得意ね。……こっちに来るね坊や」


 僕は身構えつつ、周という謎めいた人物の後に続いて奥の間へと足を踏みいれた。


 奥の間には整体師が使用する施術台のようなものがあり、周は「処置は簡単、使い方もあっという間に覚えられるよ。そこに寝て」と僕に横になるよう促した。


「これ、フィルムのように見えるけど実はナノマシンね。ちょっと苦しいよ」


 周はそういうと、僕の顔に半透明の薄い膜を貼りつけた。


「く……」


 一瞬、呼吸ができなくなった僕はパニックに陥り、手足をばたつかせた。


「大丈夫、すぐなじむよ」


 周がそう言って僕を宥めた瞬間、膜が僕の顔面と融合して伸び縮みするのが感じられた。


「……うっ?」


 僕の顔はそれ自体が生き物であるかのように蠢き、数秒ほどしてようやく動きを止めた。


「うん、もういいね。あんまり変わってないけど慣れたらもっと変化するね」


 周はそう言って僕に鏡を手渡した。恐る恐る鏡を覗きこんだ僕は次の瞬間、「えっ」と驚きの叫びを上げていた。鏡の中の僕は、なんと僕と徹也を混ぜたような顔をしていたのだ。


「これはいったい……」


「まだメモリー内の顔のストックが足りないね。これから試合までの間、いろんな顔を見て思い浮かべた顔にすぐ、なれるようにしておくね」


 そうか、と僕は理解した。このフィルムは誰かの顔を思い浮かべただけで別人になれるオプションパーツなのだ。


「これ……自分に戻りたいときはどうやって外すんです?」


 ぼくがおずおずと尋ねると、周は「この『還俗油げんぞくゆ』を塗るとナノマシンの動きが止まってフィルムに戻るよ」と言って丸い容器を僕に手渡した。


「わかりました。ありがとうございます」


 僕がそう呟くと変面シートが十分に機能していなかったのか、顔が再び動き始めるのがわかった。


「元に……もどった」


 僕はフィルム状に戻った『変面シート』を顔から剥がすと、『還俗油』と一緒に台の上に置いた。


「ショウからうちの店で一番いい品を持たせるよう言われてるね。持ってくるから店頭で待ってるね」


 周がそう言ってさらに奥のスペースに姿を消した、その時だった。扉が開いて麻里亜が気ぜわしく中に入って来るのが見えた。


「どうかしたの?」


「ちょっとショウに呼ばれて、いったんアジトに戻らなきゃならなくなったの。二時間くらいで戻ってくるから、ここにいてくれる?」


「ええっ、外にも出ないで?」


「アジトに戻っても部屋から出られないんだから、同じことでしょ。……じゃ、後でね」


 麻里亜が慌ただしく姿を消すと、入れ替わりに紙袋を手に携えた周が現れた。


「はい変身セット一式、お待ちどう。支払いはショウがするから心配いらないよ」


「周さん、連れの者が急用で出て行っちゃったんです。戻ってくるまでここで待たせてもらえませんか」


「あいや、それじゃ仕方ないね。店頭にテレビがあるからそれでも見ながら待つといいね」


 僕と周が店頭に戻り、テレビを眺めながら時間を潰し始めた、その時だった。ふいに入り口の戸が開いたかと思うと、黒づくめの人影が店内に姿を現した。


「ふふん、人間の街にいるという噂は本当だったようだな、坊主」


 聞き覚えのある声に振り向いた僕は、思わずその場に棒立ちになった。僕を見据えて薄笑いを浮かべていたのは今、最も会ってはいけない人物――バウンティーハンターだった。

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