第34話 明日なき戦いに挑む機人たち 1


「基紀、出かけるから急いで支度をしろ。ロビーに着替えを用意してある」


 ショウのいつになく緊張した声がドア越しに聞こえたのは、僕がきついトレーニングでへばってベッドに身を投げ出した直後のことだった。


「いったい、どこへ行くんです?」


「興行主に会いに行く。ファイターたちのお披露目をしなくちゃならないからな」


「お披露目……」


 ぎしぎしと軋む身体を持ち上げるようにしてロビーに行くと、徹也と拓さんはすでに着替えを終えており、なるほどいかにも怪しげなコーディネイター一座が出来上がっていた。


「基紀、お間は機人側の二番手だ。工場勤めの貧しい機人青年だが、最後に一発で俺をマットに沈める大役でもある。雇い主に演技のことを聞かれたら自信があると言うんだぞ」


 僕はショウの問いかけに「はい」と頷くことしかできなかった。演技もファイトも恐らく一番、覚束ないのが僕だ。だがそれを口にすることは僕にとって「敗北」に等しかった。


                ※


「ほほう、これがあなたのご自慢のファイターたちですか、ミスターレッド」


 朱雀凰児はでっぷりと腹に肉のついた、いかにも強欲そうな目の男性だった。


「はい。こう見えても方々で手に汗握る接戦を演出してきました。私も若い頃は少々、格闘を齧っておりまして、シナリオ通りの熱いファイトをご披露できると確信しております」


「見たところ、ファイター・タイプに見える方は一人しかいらっしゃらないようですが?」


 凰児は徹也の方を一瞥すると、疑わしそうに顎をしゃくった。


「それは偏見という物です。確かに体格面で優れているのはテッツォ一人ですが、兄貴分のチャタックは全身が武器のような男で頭も切れます。そしてこっちのモーティは……」


「え、演技なら……」


 ショウに水を向けられた僕は、やむなく言われた通りの自己アピールを披露した。


「――いいでしょう。シナリオもすべて、そちらが用意したものに合わせることにしましょう。あなた方の演技を信じて、機人側のオッズを五倍にします。くれぐれも人間側の不評を買わぬよう、しのぎを削るナイスファイトにしていただきたい」


「ご心配なく。見事な負けっぷりを披露してみせますよ」


 ショウが芝居っ気たっぷりに自分を指さして見せた、その時だった。


「その子があさってのファイトで逆転勝利を飾ってくれるヒーロー君?」


 応接間のドアを開け放って入ってきたのは、着飾った人間の中年女性だった。


「ブランシェさん困りますよ、非公式の打ち合わせに顔を出されては。私と会っているところを誰かに見られて記事にでもされたら八百……いえ、試合の内容が漏れてしまいます」


「あらそう?……じゃあ、楽しみにしてればいいのね。わかったわ」


 ブランシェと名乗るお得意さんらしき女性を見た瞬間、僕の中で不吉な予感が首をもたげた。女性の風貌に、何となく見覚えがある気がしたのだ。


「頑張ってね、ファイターの皆さん」


 女性はドアの向こうに姿を消す直前、値踏みするような視線を僕の方にさっと寄越した。


 ――なんだろう、この嫌な予感は。


 僕はショウたちと共に「よろしくお願いします」と頭を下げると、奇妙な胸騒ぎを覚えながら凰児のオフィスを後にした。

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