第29話 寄る辺なくさまよう機人たち 22
「機人の居住区を出たわよ。寝ないでね、基紀君」
運転席にいるダナが僕に呼びかけ、僕は段ボールの中で膝を抱えたまま「わかってます」と答えた。路面の変化をまともに受けるコンテナの中は、あいにくと寝られるような環境ではなかった。
「あと十分もすれば到着よ。面会は五分しかないから、何を話すかよく考えておくのね」
僕は闇の中で『天使』――ジュナの顔を思い浮かべた。最低限、お礼さえ言えればいい。……だが、実際に彼女の顔を見た時、ちゃんと別れを告げられるかどうか自信はなかった。
「見えてきたわ。たぶん、あの建物の二階がボランティア団体のオフィスよ。もし彼女がいなかったら、悪いけど諦めて」
僕は「わかってます。無理言ってすみません」と段ボールの中で頭を下げた。やがてトラックが停まり、エンジンを切ったダナが車から降りる気配があった。
僕がどきどきしながら次の展開を待っているとやがて足音が聞こえ、リアハッチの鍵を開ける音が響いた。
「さあラッキーなロミオ君、ロマンスの準備はいい?」
「いたんですね、彼女が」
ダナが段ボールの側面を切り裂くと、煤けたコンテナの内部とダナの笑顔が現れた。
「私は運転席で待機してるから、逢瀬が終わったら合図して」
ダナがそう言って姿を消すと、しばらくして小さな足音が近づいてくるのが聞こえた。
「――あっ」
四つん這いで外をうかがっていた僕の前に風のように現れたのはあの少女――ジュナだった。
「……良かった、生きていたのね」
ジュナは僕を見るなり、泣きそうな表情になった。
「あ、あの、僕は基紀って言います。覚えてないかもしれないけど、ちょっと前に不良に襲われて倒れていたところを助けてもらいました」
僕が言うべき事を早口で告げると、ジュナは「ううん、助けてない」と頭を振った。
「あの時は時間がなくてなにもできなかったの……ごめんなさい。私、ジュナって言います。あの日は仲間の人たちと――」
「知ってます。僕も見に行きました。……できたらいつか、また君の歌が聞きたい」
「ありがとう。いつになるかわからないけど、きっとまたあなたの住む街に行くわ」
「基紀君、そろそろ五分経つわ。その辺で切り上げて」
運転席から飛んできたダナの声に、僕はあふれそうになる思いをぐっとこらえた。
「それじゃ、元気で」
僕がそう言ってリアハッチを閉めようとすると、ジュナははっとしたように「待って」と引き留めるような仕草を見せた。これ以上、言葉を交わせば機人の街に戻りたくなくなってしまう。僕は心の中で「ごめん」と漏らすと目を伏せてハッチを閉じた。
「出すわよ」
僕は再び段ボールの中に身を隠すと両腕で膝を抱え、顔を埋めた。おそらくこれがジュナの顔を見る最後になるだろう。彼女が再び僕の街に来ても、もう僕はそこにはいない。
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