第30話 寄る辺なくさまよう機人たち 23


 僕は目的を果たした安堵感と、ショウとの約束を破った罪悪感とでぐちゃぐちゃな気持ちのまま揺れに身を任せた。


 ――機人に寄り添える人間ならともかく、ショウはそう言った。……じゃあ彼女は?


 とりとめのない思いにふけっていると、トラックが突然、止まった。おかしい、と僕は思った。まだ走りだしてから十分と経っていない。人間の街から出てもいないはずだ。


 僕が暗闇の中で息を殺していると、外で誰かが交わす会話が漏れ聞こえてきた。


「管理局の者だ。コンテナの中味をあらためさせてもらう」


「ただの届け物よ。市街地への立ち入りも許可されてるわ。本当に管理局なの?」


 どうやらトラックを怪しんだ人間と悶着を起こしたらしい。僕は意を決すると、そっと箱から出てリアハッチを開けた。


「疑いが晴れたらすぐ解放する。中を見るぞ。いいな?」


「――あっ、ちょっと待って」


 僕はコンテナから飛びだすと近くの路地に向かって駆けだした。


「――むっ?何だあれは?」


「基紀君、だめよ!……ええい、しょうがない!」


 背後で人間の叫ぶ声が聞こえ、ダナがいきなりエンジンをふかし始めた。


「なにっ?……おい、行っていいと誰が言った!」


 トラックの走り出す音と共に、人間の気配が遠ざかった。ダナが自分を囮にして引きつけてくれたのに違いない。立ち止まって振り向きたかったが、それをすればダナの好意が無駄になってしまう。


 ――ごめんダナさん!

 

 僕はトラックを追うことをせず、路地に飛び込んで滅茶苦茶に走った。やはり僕は半端な機人だ。僕のために力を尽くしてくれた人たちを、不要なトラブルに巻き込んでしまう。


 路地づたいに数百メートルほど走ったところで、僕は足を止めて呼吸を整えた。もはやダナのトラックと合流できる可能性はない。自分の力だけで、なにがなんでも機人の街に戻らなければならないのだ。


 僕がまったく土地勘のない人間の街を、手がかりもないままとぼとぼと歩き始めたその時だった。ふいに行く手を黒い影が阻んだかと思うと、聞き覚えのある声が飛んできた。


「おやおや、誰かと思ったら工場にいた機人じゃないか。人間の街で何をしている?」


 はっと顔を上げた僕の目に映ったのは、上半身が異様に盛り上がったいかつい人物――工場の裏で拓さんに倒された強化人間だった。


「あんたは……」


「機人の世界から追放されて、困った挙句に人間様の街に紛れこんだか?……ちょうどいい、管理当局に連行される前に俺が鉄くずにしてやる」


「そんなことをされてたまるか。僕にはやらなきゃならないことがあるんだ」


「ふん、工場にいた時よりふてぶてしくなったな、機人。俺の名は鬼藤猛士きどうたけし。用心棒になり下がる前は、これでも警官だったんだぜ」


 鬼藤と名乗る男は、盛り上がった筋肉を誇示するかのように肩をいからせると、肉食獣のような目で僕を見た。


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