第26話 寄る辺なくさまよう機人たち 19


「軽はずみな真似はつつしめと釘をさしておいたはずだがな」


 僕が観戦後に起きた出来事の一部始終を包み隠さず話すと、ショウはあからさまに渋い顔を見せた。


「ごめんなさい。この機会を逃したらもう会えないと思ったんだ」


「……まあいい、これでわかったろう。このあたりはお前が生まれ育った地域とは勝手が違う。好き放題に振る舞えば嫌でも人目につくんだ」


「わかりました」


 僕はショウの苦言を黙って呑みこんだ。僕はまだ自分の尻拭いもできない半人前なのだ。


「まあ、現役のマシンファイターに会って話を聞けたのは、不幸中の幸いかもしれんな」


 ショウがふっと表情を緩めたのを見て、僕は思いきって口を開いた。


「ショウ、ちょっとそこに立ってみて」


「何だ?……こうでいいのか」


 訝りつつショウが僕の前に立った瞬間、僕は左腕をしならせた。


「――むっ?」


 僕のフックをショウは片手で受け止めた。だが次の瞬間、ショウに掴まれた拳が腕からぽろりと外れ、身体が半回転した。僕は身体を捻ると空を切った左腕でショウの右側を狙った。咄嗟にのけぞったショウの顔面を拳のない手首が掠め、ショウは僕の左拳を取り落としてたたらを踏んだ。


「くっ……何の真似だ、基紀」


「――どう、この攻撃?最初のフックをフェイントにして、手首で横殴りにするんだ。いいアイディアだと思わない?」


「馬鹿言うんじゃない。こいつは反則だ、基紀」


「わかってるよ、ショウ。……でもどうせイカサマなんだろう?この方が盛り上がるし、観客だって見逃してくれるんじゃないかな」


「いいか基紀、外でどんな知恵を授かってきたか知らんが、それで自分が一回り大きくなったなんて思うなよ。俺がまどろっこしくても手の込んだ台本を準備するのには、それなりの理由ってもんがあるんだ。思いつきで万事うまく行くなら誰も苦労はしない。わかるか?」


「わかるよ。……ごめん、ちょっと思いついただけさ。お芝居のどこかで使えないかって」


「基紀、自信をつけるに越したことはないが、スタンドプレーを許したわけじゃない。今後、チームの和を乱すような行動が目につけば、お前を計画から外さざるを得なくなる」


 ショウはそう言うと、これまで見せたことがないような険しい表情をこしらえた。


「うん……これからはみんなと歩調を合わせるよ」


「そうしてくれ。それから、計画の実行日まで遠出も禁止だ。この次、ハンターに目をつけられたら守ってくれる奴はいないと思え」


「わかった、おとなしくしてるよ」


 ショウが立ち去った後、僕が項垂れていると着替えた麻利亜が姿を現した。


「あきれたものね。街を出たいと言うから協力してあげたのに、あれじゃあホームシックになった子供と変わらない。本当に戻らない覚悟があるのか、よく考えてみるといいわ」


 麻利亜は厳しい口調で僕を諭すと、くるりと身を翻して去っていった。


 まったくその通りだ、と僕は思った。あれだけ勝手な振る舞いをされれば、面倒見のいいショウたちだって腹に据えかねるだろう。


――でも。


 僕の中で『天使』の声と横顔は日増しに大きくなるばかりだった。そして黒崎とアマンダにも、ここを去る前にもう一度会いたい――そんな迷いが僕の心を揺さぶるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る