第25話 寄る辺なくさまよう機人たち 18


「なるほど、そいつはまた派手にやらかしたもんだな」


 繁華街の奥にある低層アパートの一室で、アマンダに傷の手当てを受けながら黒崎は言った。


「おい、手当はもういいぜ。それより酒だ。こんな面でもウイナー様だからな。祝杯を上げようぜ」


 黒崎がソファーに背を預けたまま煩わし気に言うと、アマンダはふんと鼻を鳴らした。


「呆れた人だね。その怪我で酒なんか飲んだら顔の穴からみんな出ちまうよ」


「いいんだよ、却って消毒になるってもんだ。……いいから四の五の言わずに取ってきな」


 アマンダが肩を竦めて背を向けると黒崎はやおら身を起こし、僕の顔を覗きこんだ。


「坊主、事情はわかったが、それだけじゃハンターに追われる理由としちゃ物足りないな。他に思い当たることはないのか?」


 黒崎の問いに、僕は即座に頭を振った。


「僕にはわかりません。指導員を怒らせたくらいでハンターが出てくるほど高い賞金になるとは思えませんし……」


「そうだよなあ……おっと、酒が来たぜ。飲むか?」


 黒崎はバーボンが注がれたグラスを僕の前に押しやった。


「いえ、僕はお酒は……」


「飲めるだろ?子供タイプの機人じゃない限りは、イケるはずだぜ」


 僕に再三、酒を勧める黒崎を見てアマンダが「悪ふざけはほどほどにしときな」とやんわり諫めた。


「そんなことよりあんた、あの女の子とどういう関係なんだい?」


 酒を呷り始めた黒崎と入れ替わるように、アマンダが僕に尋ねた。


「関係っていうか……ちょっと助けてもらっただけです」


「ふうん、そうかい。真面目そうな子だけど、何となく訳ありな感じもするね」


 アマンダの言葉に、僕ははっとした。僕の印象もまた、同じだったからだ。


「まあ人間が機人に近づく動機は大抵が金か同情さ。うっかり入れ込むと痛い目を見ることもあるよ」


 僕は頷きつつ、でも彼女は違うと心の中で異を唱えていた。


「たとえそうだとしてもだ。惚れちまったら天使だろうが悪魔だろうが構わねえのが男ってもんだ。なあ坊主?」


「……はい」


「ちょっとあんた、飲みすぎだよ。その辺でやめときな」


「うるせえな。……いいか坊主。世界を敵に回しても手に入れたい女がいたら、迷わず奪いに行け。先のことを憂いてうじうじしてるような奴は男じゃない」


「馬鹿言うんじゃないよ。無責任なことを吹きこんでこの子の未来を潰す気かい」


 アマンダがたしなめても、酔いの回った黒崎の舌は止まることがなかった。


「……もう一つ、大事なことを教えてやろう。おせっかいな奴があれこれ口を挟んできても、相手にしないことだ。特に女の場合はな」


 黒崎は横目でアマンダの顔色を窺うと、そっと小声で僕に囁いた。


「でも……アマンダさんは僕のことを心配してくれてるんだと思います」


「ああ、わかってる。あいつは情の深い、いい女さ。だが女だ。女に男のことはわからねえ。悩んでる暇があったらファイティングポーズをとる、それが男だ」


 僕はアマンダに悟られぬよう、そっと頷いた。確かに、逃げ回っているばかりでは逆に周りをわずらわせるばかりだ。


「黒崎さんは、強化人間が怖くないんですか?」


 僕は試合の間、ずっと気になっていた疑問を思いきって口にした。


「ふふん、そんなのはわかりきったことだ。対戦が怖くないファイターはいない。特にマシンファイトの場合、相手にやられる恐怖と人間を殺しちまうかもしれない恐怖、その両方と戦わなくちゃいけない」


「それをどうやって克服するんですか?」


「克服なんかしねえよ。いいか、ファイターって奴は常に自分と戦ってるんだ。それが、相手と拳を交えてるうちにふっとどうでもよくなる時がある。迷いが興奮に変わるんだ」


 僕はふと、黒崎の強さの秘密がわかったような気がした。自分と向き合っているうちは、何も変わらない。それはファイターでも逃亡者でも同じだ。結果を恐れてばかりではその向こうにある勝利を手にすることはできないのだ。


「つまり、戦いのリングに上がったら全力を尽くすまで降りちゃいけないってことですね」


「その通りだ。さっきよりいい面構えになったな、坊主」


 黒崎はグラスに残った液体を一気に呷ると「アマンダ、もう一本出してくれ」と言った。


「冗談じゃない、飲みたかったら怪我を直してちゃんと働いとくれ。それまでお預けだよ」


 黒崎は傍らで腕組みをして睨んでいるアマンダを一瞥すると、僕の方に身を乗り出した。


「……な?だから困るんだよ、世話焼き癖の女って奴は」

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