第19話 寄る辺なくさまよう機人たち 12


 僕はアジトまでの道筋を頭に思い描きつつ、でたらめに走った。最短距離でアジトに戻りたかったが、敵にアジトを知られれば徹也や拓さんまで危険にさらすことになる。


 距離を詰められたら終わりだ。奴らは機人の機能を知り尽くしている。僕は全身のモーターが悲鳴を上げるのを意識しながら、頼むから諦めてくれと心の中で祈った。


 そろそろ、足を緩めてもいいだろう。僕がそう思ったのは、走り始めてから十分ほど経った頃だった。僕は廃屋と化した自動車修理工場に足を踏み入れると、放置されたトラックの陰に身を隠した。


 息を殺して周囲の気配をうかがいながら、僕はあと一週間敵に見つからずにトレーニングを続けられるだろうかと訝った。


 ――ショウや麻利亜に迷惑はかけられない。計画を中止して街を去ることもありうるな。


 僕がぼんやりと暗い想像を巡らせ始めた、その時だった。トラックの下を潜り抜けるようにして、足元に丸い物体が転がって来るのが見えた。


「……なんだ?」


 物体をよく見ようと身をかがめた瞬間、全身を巡る電気信号が意味を失って僕は地面に崩れた。……一体何が起きた?


「ほう、音がしたな。どうやらすぐ近くに鼠がいるようだ」


 どこかで声がしたかと思うと、瓦礫を踏みながら近づいてくる足音が聞こえた。


 僕は必死で体を起こそうとしたが、意思に反して手足はまるでいう事を聞かなかった。


「そいつは機人専用に開発された麻痺グレネードだ。無駄な抵抗はよすんだな」


 足音はトラックの向こう側まで近づくと、動きを止めた。僕はかろうじて立ちあがると、ふらふらと歩き始めた。


「ふん、この周波数は工場から逃げた機人の物だな。安い賞金首だが、まあいいだろう」


 鉛のような足を必死で動かす僕に、追っ手の足音が獲物をいたぶるように迫ってきた。


「バラバラにすると値が下がるから出力を抑えて撃ってやる。せいぜい感謝するんだな」


 背後で武器らしきものを構える気配があり、僕の頭が絶望に染まった、その時だった。


「――ぐわっ」


 あたりを真っ白な閃光が包み、硬いものが落ちる音と男性の呻き声が聞こえた。


「急いで!」


 突然、白い視界の向こうから声がして、誰かが僕の手を掴んだ。謎の救い主は僕の手を引いてしばらく走らせた後、急に立ち止まった。


「見える?基紀君」


 ようやく視力が回復した僕の前にいたのは、見覚えのある黒い防護服に身を包んだ人物――麻利亜だった。


「すぐそこに私のバイクが停めてあるから乗って。早くしないとあいつが目を覚ますわ」


「あいつのことを、知ってるのかい?」


「ハリィ・フォーカーっていう賞金稼ぎよ。ここいらじゃ『機人喰らい』の通称で呼ばれてるわ」


「賞金稼ぎ……やはりそうだったのか」


「厄介な奴に目をつけられたわね。これからは気をつけて行動してちょうだい」


 麻利亜はそう言うと僕を建物の陰に誘った。僕が促されるまま黒いバイクに跨ると、麻利亜は「行くわよ」と言ってエンジンを動かし始めた。


「やっぱり僕らはどこへ行ってもお尋ね者だ。いるとみんなに迷惑がかかる」


 小さな背中にしがみつきながら僕が弱音を吐くと、麻利亜が「そう思うのなら積極的にショウの計画に協力することね」と冷静な口調で返した。


 僕は麻利亜に返す言葉も浮かばないまま、アジトへと向かうバイクの振動に身を委ねた。

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