第18話 寄る辺なくさまよう機人たち 11
ひゅっ、と風を切る音がしたかと思うと、ショウの拳が僕の耳元をかすめた。
「遅いぞ基紀。今は外してやったが、本番では自分でかわせ。何発目が右で何発目が左かをキャッシュに叩きこめ。お前の演算速度じゃ強化人間の拳はかわせない。暗記するんだ」
「あ……はい」
僕は路地裏に造られた煤けたリングで、ショウのこしらえた『台本』を必死で頭に叩きこもうとした。ショウが言うには喧嘩の猛者は素人の八百長を一瞬で見抜くのだそうだ。
「だが、完璧な芝居の興奮はリアルファイトに勝る。フィニッシュの一撃まで気を抜くな」
ショウは僕の足の開き方やのけぞり方まで事細かに指示を飛ばした。たしかに言われた通り「演技」をすれば、面白いように攻撃をかわせる。だがそれはショウが合わせているのであって、少しでも呼吸がずれれば一発で僕はリングに沈められるだろう。
「よし、うまいぞ。ラストは本気で来い」
「でも仲間を殴るなんてできないよ」
「本気で殴らなきゃ意味がない。いいか、俺にボディブローを喰らったお前は火花をまき散らしながら後ずさる。俺はお前をコーナーに追い詰め、とどめの一撃をお見舞いしようとする。すると……」
「僕の腕が別の生き物のように飛びだしてショウの顎を掠める」
「そうだ。そしてリングの中央に下がった俺にお前が襲い掛かり、ダブルノックアウトで試合は終わる。……いいか、一連の動作を連続して行え。ためらったら一からやり直しだ」
ショウはそう言うと、拳を僕の腹に見舞った。僕はよろけながら後ずさり、そこにショウが獣のように襲い掛かってきた。
――打て、基紀!
僕は神経回路を非常モードに切り替えた。これで身体が自動的に反応するはずだ。
「――えっ?」
ごきん、という音が脳天に響いたかと思うと、僕はリングの上に転がされていた。
「何やってるんだ基紀。拳が俺に届いてないぞ」
僕は仰向けにひっくり返ったまま、憐れむような目で見降ろしているショウを見た。
「今日はここまでだ。……だが、あと一週間で完璧に台本を頭に叩きこむんだ。いいな」
ショウはそう言い置くと、くるりと身を翻して僕の前から去っていった。僕はゆっくりと身を起こすと、四つん這いのままリングの端まで移動した。
惨めな気分でグローブを外し、靴を履き替えた僕は薄暗い路地をとぼとぼ歩き出した。
路地を出た僕は足を止め、あたりを見回した。このままアジトに戻るのもばつが悪いし、その辺をぶらついてから帰ろう。そう思って再び足を踏みだしかけた、その時だった。
「――うわっ」
突然、轟音が空気を震わせたかと思うと、すぐ近くの信号機が割れて火を噴いた。
いったいなんだ?僕が訝っていると、どこからかひゅうと口笛を吹く音が聞こえた。
――仕損じたか。少々、ブランクが長すぎたかな。
耳の感度を最大にまで上げると、誰かが漏らす不気味な呟きが聞こえた。
まさか、僕を狙った?……この威力から言って人間用の拳銃じゃない。おそらく対機人用のブラスターだ。ブラスターを所持している人間は二種類だ。機人掃討の任務に就いている特殊部隊か、さもなくば悪徳警官に雇われた
僕はぞっとした。特殊部隊は単独で行動することはない。ということは機人を狩ることを生業とするならず者に違いない。人間に怪我を負わせて逃げている僕は、いわばお尋ね者だ。もし、知らないうちに誰かが僕らの首に賞金をかけていたとしたら……
――餓鬼だな。リハビリ代わりにうってつけだ。
まずい、このままじゃいかさまファイトの前に
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