第16話 寄る辺なくさまよう機人たち 9


「そんな連中をどうやって騙すんですか?」


「まず俺が流れ者のコーディネイターを装って凰児に近づく。そして人間の観客も興奮できる八百長試合をやらないかと巧妙にもちかけるんだ」


「それは機人が勝つんですか?」


「契約上はね。でもちゃんと裏がある。機人が勝つことになっている八百長試合で最後に突然、予想外のダブルノックアウトが起きて人間が勝つんだ」


「凰児を裏切るんですか」


「そうだ。そして奴らがざわついている隙に入場料と掛け金を持ってトンズラする。奪った金はお前たちが『ハートブレイクシティ』を訪ねる時の手土産だ。「人間が機人から巻き上げた金を返しに来た」と言えばどんな堅物でも嫌とは言わないはずだ」


「どういう風に試合をコントロールするんです?」


「まず、俺と徹也が強化人間のふりをしてリングに上がる。試合は二対二のチーム制で、基紀と拓が貧しい機人のチャレンジャーに扮するというわけだ」


「僕が……」


「徹也の体格なら観客もカモも今回は人間側が勝つと思うだろう。そこが狙い目だ。まず徹也と拓が対戦する。ここで拓が意外な強さを発揮するが、強化人間には一歩及ばず倒される。だが次の基樹は徹也の消耗を見抜き、隙を見て一発で仕留める。そこで俺の出番だ」


 ショウが不敵な笑いを漏らし、僕は「なんだか嫌な展開だな」と肩をすくめた。 


「俺の設定はこうだ。一流企業のエンジニアをしていたが事故で重傷を負い、身体のあちこちを機械のパーツと交換している。人間の社会では人工部品が身体の三十パーセントを超えると機械とみなされ市民権を失う。つまり人権をはく奪され、やくざなファイターに身を落とした元エリートというわけだ」


「まいったな。そんな設定じゃドラマ的にも機人に不利じゃないか」


「まあ聞け。人工皮膚をまとった俺は基紀に打ちのめされ、破れた皮膚の下から機械がのぞく。血みどろの俺が必死で防戦しているとある時、組織に食い込んでいるはずの機械が吹っ飛び、その下から新しい生の筋肉が現れる。つまり強化処置によって高速再生した細胞がマシンパーツを身体からはじき出し、俺は新しい人間に生まれ変わるという筋書きだ」


「その新しい肉体とやらに、僕は叩きのめされるってわけだ」


「気の毒だがその通り。生まれ変わった俺は機人を追い詰め、人間の観客は俺のノックアウトを期待して拍手喝采する。だがけなげな機人がKO直前に起死回生の一撃を放ち、強化人間である俺をマットに沈める――というのが、俺が売り込む予定のシナリオだ」


「でも、そうはならないんだな」


「ああ。俺と基紀が同時に一撃を放ち、両者はダブルノックアウトとなる。そして基紀より少しだけ早く俺が立ちあがることで、辛くも人間が勝利するんだ」


「なるほど、死力を尽くしたファイトを見せることで、観客を黙らせるというわけだな」


「その通り。黙ってはいられないのが八百長を台無しにされた凰児とマフィアだ」


「で、最後はいったいどういう段取りで幕を引くんだい」


「麻利亜をあらかじめ潜り込ませ、やつらが騒ぎ始める前に売り上げと掛け金を盗ませる。そして素晴らしい戦いを見せたファイターたちは、どさくさに紛れて姿を消す。マフィアが凰児を問い詰めている間に、俺たちは裏口から抜けだして合流する――という寸法だ」


 ショウから計画の全容を聞き終えた僕は、思わず唸った。


 ――まったく、なんて手の込んだ作戦だろう。こんなことを考える機人がいるとは。


 僕はショウの自信に満ちた表情を見て、生まれて初めての大役に太いため息をもらした。

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