第13話 寄る辺なくさまよう機人たち 6


「基紀……おい基紀」


 徹也の声と共に覚醒スイッチがオンになり、僕は自分のモーター音を聞きながら目を開けた。


「ここは……」


「おっ、目が覚めたか。なんだかわけがわからないが、どうやら俺たちはあの女にここへ連れてこられたみたいだ」


「女の人……」


 僕の記憶フォルダから、一つの記憶が再生された。防護スーツに身を包んでいたあの女性は、僕らの敵だったのだろうか。


「見ろよ、この部屋。半地下みたいだけど、死体置き場をリビングにしてやがる」


「死体だって?」


 僕はあらためて室内を見回し、ぎょっとした。たしかに家具ひとつとっても貴族の城かと思うような豪華な物だったが、ソファーやベッドの上に力なく身体を横たえているのは壊れた機人の『死体』だった。


「なんなんだ、ここは……」


「――な?悪趣味だろう?」


 僕が頷くとふいにカーテンが動き、物陰から一人の女性が姿を現した。


「どうやらお目ざめのようね、勇ましい機人さんたち」


 僕らの前の現れたのは、立ち入り禁止区域で会ったあの少女だった。僕は最初に見た時とのあまりに違いに一瞬、自分の目を疑った。少女が纏っていたのは防護服ではなく、僧服のように襟を詰めた服だった。


「私は麻里亜。人間よ。……あなたは?」


「僕は仁間基紀。ベイエリアの工場で働いてる機人だ。こっちは同僚で友達の徹也。僕の不手際が原因で指導員の人間とトラブった。もう街にも職場にもいられないから、僕らが安心して暮らせる場所を探してるんだ」


「ふうん。結構、苦労してるのね。……まあ、いいわ。あなたたち『ショウ』を探してるって言ってたわよね。会わせてあげるから、ついてきて」


 麻利亜と名乗る少女はそう言うと僕らに背を向け、部屋の奥にある階段に向かって歩き始めた。麻利亜にならって階段を上り、促されるまま扉をくぐるとそこは古いホテルのロビーだった。


「ここは機人街にビジネスで訪れていた人間たちのホテルよ。働いていたのは主に機人たちで、暴動が収束した後も一部はこの辺りに住んでいるわ」


「このあたりに機人が……」


「二階にショウが仕事で使っている部屋があるの。あなたたちのお仲間もそこにいるわ」


「拓さんが……?」


 僕らは顔を見あわせると、麻利亜の後に続いて古めかしい階段を上っていった。階段を登り切ると、麻利亜は手前から二つ目の扉の前で足を止めた。


「ショウ、入っていい?お客様をお連れしたわ」


 麻利亜が扉をノックすると、中から「構わないよ、通してくれ」と男性の声が聞こえた。


「失礼します」


 莉亜が扉を開け放つと、中では二人の人物が僕らを待ち構えていた。一人は椅子に座って難しい顔をしている拓さん、そしてもう一人は何と、半裸の身体にガウンを羽織った中年男性だった。


「やあ、君たちが勇気ある脱走者たちか。こちらの機人からだいたいの話は聞いたよ」


 ショウらしき男性――たぶん機人だ――は、タオルで髪を拭きながら僕らに言った。


 人間と同じように入浴をする機人も、もちろん存在する。だがそれは複雑な防水仕様の機人で、大抵は人間の世話をするために造られた高級機人だ。


「俺の名前はショウ。人間の街から流れてきて、数年間からこの立ち入り禁止区域を縄張りにしている。機人たちに人間の扱いをレクチャーしながら、時々、人間から小銭をかすめて暮らしてるやくざな機人だ」


 ショウは戸棚からグラスと高級オイルのボトルを取り出し、ソファーに身体を預けた。


「阿修羅先生は普段から何かと世話になっている。尊敬する先生の紹介となれば無下に追い返すことはできない。……何が望みだ?」


 ショウは不敵な笑みを浮かべるとオイルをグラスに注ぎ、一気に呷った。


「この街を出て、自由に暮らせる土地に……噂の『ハートブレイク・シティ』に行きたい」


 僕が正直に述べるとショウは笑みを消し、グラスをテーブルに置いた。


「そいつは難題だ。単なる逃亡ならここで指南できるが、『ハートブレイク・シティ』に行きたいとなるとそう簡単にはいかない」


「なぜですか」


「居場所を提供してもらうには、ある程度の金と身分がいる。これは『ハートブレイク・シティ』に限った話じゃない。信用を得るには自分で自分の身元を保証しなけりゃならないのさ」


「でも僕らはお尋ね者です。お金も特技もありません。どうすればいいんですか」


「だから難題だって言ってるのさ。……まあ、一応考えては見るけどね。二、三日ここで休んでいくといい。その間にいいアイディアが出なかったら、悪いが諦めてくれ」


 ショウはそう言うと葉巻型の圧力調節煙草を取り出し、スイッチを入れて口に咥えた。

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