第11話 寄る辺なくさまよう機人たち 4


「大丈夫?……いったい誰がこんなひどいことを」


 僕の前に屈みこんで傘をさしかけてくれたその少女は、僕がついさっき歌声に聞きほれていたボランティアグループの歌い手だった。


「あ……」


 ろくに口もきけない僕に少女は「どうしよう、このままじゃ死んじゃうわ」と眉を寄せて語りかけてきた。僕の壊れた両目には、少女の後ろで待っている仲間の車が見えた。


 ――○○!そんなところでスクラップ相手に何をしてるんだ、もう行くから早く戻りなさい。


「ごめんなさい、なにもできなくて」


 少女はそう言うと、持っていたハンカチで僕の顔の汚れを拭った。僕は「もういいから、早く行って」と言おうとしたが、顎の線が切れた僕には「あが……あが」とノイズのような音声しか発することはできなかった。


「誰か……誰かこの人を助けてあげて!……ごめんね、もう行くわ」


 少女は僕の手にハンカチを握らせると、くるりと身を翻して仲間の車に戻っていった。


 それから駆け付けた機人たちの手によって僕は病院に運ばれ、数日後には無事に職場に戻ることができた。


 退院した僕が真っ先にしたことは、機人商工組合の人にボランティアグループの連絡先を尋ねることだった。組合の職員はぼくから理由を聞くと「気持ちはわかるがやめた方がいい」とやんわり釘を刺した。人間の中には機人に偏見のないものもいるが、だからと言って機人のほうから人間に近づくことはいらぬトラブルの元だというのだ。


 僕は知人にねだってコンサートで撮影したらしい『天使』の写真を貰い、ハンカチと共に机の奥にしまった。そし人間の街に少女を探しに行く日を夢見ながら働く日々を送っていたのだった。


                ※

「――んっ、なんだ?」


「どうかしたの?拓さん」


「今、そこの路地から人間みたいな影が覗いた気がしたんだが……まさかな。このあたりの空気は今だに毒性が強いそうだし、俺たち機人は平気でも人間となるとそうはいかない」


「警察か軍隊の特殊部隊じゃない?」


「かもな。人間なら特殊な防護マスクなしじゃ、十分とはいられないはずだ」


 拓さんはそういうと、警戒するそぶりを見せつつ無人の路上を進んでいった。すると突然、目の前に錆びついた鉄骨と有刺鉄線によるバリケードが行く手を阻むように現れた。


「だめだ、この道はもう進めない」


「どうします?引き返します?」


「そうするしかないな。……くそっ、尋ね人の住所をもっとちゃんと聞いてくるんだった」


 拓さんがバリケードに背を向けてひとしきりぼやいた、その時だった。


「動くな。死にたくなければ手を上げてこちらに背を向けろ……いますぐだ!」


 突然、背後から声を浴びせられ、僕らはその場で立ち往生を余儀なくされた。



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