第9話 寄る辺なくさまよう機人たち 2
「やあ先生。同僚の具合はどうです」
「大したことないよ。手足と顎の線を数本、繋いだだけで元通りさ」
振り向いた白衣の人物は、眼鏡をかけた年配の女性だった。
「紹介するよ。俺たちの名医、阿修羅先生だ。ここは人間にさからってスクラップ寸前にまで痛めつけられた機人たちの駆け込み寺なんだ」
拓さんが誇らしげに言うと、白衣の女性は「まあ中には自業自得ともいえる子もいるけどね。大体は連中の気紛れで目を潰されたり指をもがれたりした可哀想な子たちさ」と言った。
「凄い腕なんですね、阿修羅先生」
「私はただ、機械の面倒を長いことみてきただけさ。配線を繋ぐくらい、目を瞑ってたってできるよ」
白髪交じりの小柄な機人女性はそう言うと、眼鏡の奥の目を細めた。
「先生、奴らは俺たちに復讐しに来ると思うかい?」
拓さんが厳しい顔で問うと、阿修羅先生は「あんたたちの職場のオーナーは
「あの強化野郎か……」
「朱雀って、誰です?」
「うちの工場の親会社、クリシュナコーポレーションの社長さ。サプリメントで財を成した人間界の大物で、最近じゃバイオ産業やアンチエイジ研究で金持ち共から財産を巻き上げてる。おまけに強化人間の開発にも一役買ってるって話だ」
「あいつだって昔は小さな食品工場の社長に過ぎなかったさ。でも機人が世の中に増えたことで「食べることこそ人間の証」とか言うキャッチコピーでのし上がってね。今や人間至上主義者たちのボスってわけ」
「随分と古いことをよくご存じなんですね」
「そりゃあ、あたしのここには古いデータがたっぷり詰まってるからね」
阿修羅先生がそう言って自分の頭を指さすと、「ううん」と呻いて徹也がむっくりと起き上がった。
「おや、気がついたようだね」
「あ……ここは?」
「下町の個人病院さ。この子たちがあんたを担ぎこんでくれたんだよ」
「そうだったんですか。基紀、拓さん……ありがとう」
「なに、いずれはこういう事になると思ってたよ。工場や生島とおさらばするいい機会だ」
徹也が身体のあちこちを動かしている間、施術室の中を見回していた僕の目は、壁にかけられた一枚の写真に吸い寄せられた。
「先生、あの写真は……?」
それは、若く美しい、黒髪の女性だった。
「そいつは昔の私だよ。機械専門の看護師だったのさ」
「昔のって……機人でも年を取ることがあるんですか?」
「そうだねえ、あるかもしれないね。……まあ、その辺はどうでもいいじゃないか」
阿修羅先生は乾いた笑い声を立てると、写真から目を逸らした。
「先生、俺たちはこれから『ハートブレイクシティ』に行こうと思ってるんだ」
拓さんがそう言うと、阿修羅先生は「あそこに入るにはそのままじゃ駄目だね」と言った。
「というと?」
「一度、別人にならないと無理ってことさ。お尋ね者のまま身を隠しても、人間寄りの機人に密告されたらそれまで。今度こそおしまいさ」
「何かいい方法でも?」
「一番賢いやり方は、人間に成りすますこと。そして首尾よく身を隠し終えたら機械に戻る――つまり消えちまうことだね」
「人間に成りすます、か。口で言うほど容易くはなさそうだな」
「なに、味方を一人紹介してやるよ。人間と機械の両方に通じてる、やり手の機人をね」
阿修羅先生はそう言うと、「さ、あんたも元気を出さなきゃ」と言って徹也の背を叩いた。
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