第8話 寄る辺なくさまよう機人たち 1


 僕の名前は仁間基紀ひとまもとき。マザーファクトリーによって設計され、製造された二十代男性型の『機人』だ。


 詳しく言うと『単純労働特化型』の機人ということになるが、生島たちが言ったように『不良ロット』である僕は雑念が多く、単純作業を求められるとすぐに飽きてしまう。


  僕にとって幸運だったのは、単純労働型の機人には与えられない事が多い『家族』と一緒に暮らせたことだろう。スラム街の機人食堂で働く『母』と、機人用のパーツを設計する『父』は、息子である僕に人間の両親と(たぶん)変わらぬ愛情を注いでくれたと思う。


 僕らが暮らすベイエリアにはいわゆる下層機人が暮らすスラム街があり、何らかの理由で中間機人の街を追われた父と元々、人間のハウスキーパーだった母とが出会って『夫婦』となった。二人はマザーファクトリーに『子供』用機人の所有を申請し、父と母のパーソナルメモリーを元に誕生したのが僕というわけだ。


 この街には中間層も含め人間に奉仕する機人以外は存在せず、拓さんが言うように自身の幸福を追求する機人という物を僕は見たことがない。


 そのため、人間が求める労働が満足にできないと判断されればスクラップ工場に送られ、別の機械にリサイクルされるのが機人の宿命だと僕はずっと思いこんでいたのだ。 


                ※


 トラックの窓から見える低層住宅がまばらになり、見慣れたスラム街が遠ざかり始めると、僕は機人であるにもかかわらず胸が詰まるようなやるせなさを覚えた。


 ――ごめん、父さん母さん。僕はあなたたちの期待には応えられなかった。


 スラム街を抜けて港のきらめく水面が見えると、僕は穏やかな気持ちになっていった。


 人間がよってたかって海を汚しても、この星はかろうじて許してくれる。そう、海も人も機人も、生きている物は全て美しいのだ。


 やがてトラックは薄闇が降り始めた町はずれの地下鉄駅跡で止まった。ここは数十年前、暴動が起きた時に有毒ガスが散布され、人間のみならず機人たちも一斉退去を余儀なくされた立ち入り禁止区域だった。


「こんなところに病院があるの?」


「あるさ。……こっちだ」


 拓さんが僕を伴って足を踏みいれたのは、封鎖された地下鉄の入り口だった。


 拓さんは階段の途中にあるロープを無視して奥に進み、僕もそれに倣った。階段を降りきり、かつての駅構内に侵入した拓さんは売店か何かだったらしい場所の前で足を止めた。


「ここが機人専用の病院さ。もちろん、簡単な『手術』だってできる」


 拓さんはそう言うと、固く閉ざされていたシャッターをこじ開け始めた。嫌な軋み音と共にシャッターが開くと、その向こう側に意外にも整然と片付いた作業空間が現れた。


 狭いフロアの中央には無影灯に照らされた施術台があり、そこに横たわっている人物と、こちらに背を向けて立っている白衣の人影とが見えた。




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