第7話 闇の中の小さな機人たち 7


「下がってな、基紀」


 拓治は僕を背後に押しやると、怪物と向き合った。


「言語回路をショートさせて、二度と反抗的な口を利けなくさせてやるぜ」


 怪物が腰から吊るしている道具を見て、僕はぎょっとした。柄の長い槌型の物体は、壊れた機械を破壊するための電磁ハンマーだった。


「雷神の槌だ。行くぜ、不良ロットども」


 怪物はハンマーを手にすると、拓治めがけて振り降ろした。次の瞬間、何かが潰されるぐしゃりという音が響き、僕は思わず顔を覆った。


「――何っ?」


 怪物の怯んだような叫びに思わず目を開けた僕は、目の前の光景に息を呑んだ。僕の前に立っていたのは、ボールチェーンのような物を頭部に巻きつけられ、呻いている怪物の姿だった。


「こいつはボーンシュリンカーといって、細かく振動するボールでできた鎖だ。人間がスイッチを切ることで機械を黙らせるように、こいつで脳みそを揺すってやれば人間も一瞬でオフになる。……試してみようか?」


 怪物の背後で鎖を握っている拓治が、押し殺した声で言った。僕は足元で火花を散らしている物体を見て、はっとした。それは、怪物のハンマーでもぎ取られた拓治の左腕だった。拓治はわざと腕を狙わせて、相打ちを図ったのだった。


「笑わせるな、人間ごときにこの俺が……がっ」


 怪物が鎖に手を伸ばした瞬間、ぶうんという嫌な唸りとハンマーが落ちる音が聞こえた。


「…………」


 頭部を縛めていた鎖が緩むと、意識を失った怪物はそのまま前のめりに地面に崩れた。


「ふう、こいつを持ち歩いていて良かったぜ」


 拓治はそう言うと、チェーンを握った片手を自分の脇腹に伸ばした。驚いたことに、拓治の腹部は一部が空洞になっており、小さな道具がぎっしりと詰め込まれていたのだった。


「俺の身体は工具箱も兼ねていてね。……お蔭で腕をもがれる程度のダメージで済んだよ」


 拓治は唖然とする僕の前に立つと、自分の腕を拾い上げた。


「基紀、こうなった以上、工場にはもう戻れない。俺は行くが、お前はどうする?」


「行くって……どこへ?」


「そいつはわからない。……が、人間の下で働けなくなった以上、それなりの覚悟は必要だろうな」


「覚悟って……殺される覚悟?」


 僕がこわごわ尋ねると、拓治は厳しいまなざしのまま口の両端を上げた。


「違うな。生き延びる覚悟だよ。人間と対等な生き物として、生きてゆく覚悟だ」


「人間と対等……僕らが?」


 僕が言葉の意味を反芻しようとした、その時だった。


「くそっ、スクラップどもめ!」


 いきなり声がしたかと思うと、電磁鞭を手にした生島が拓治に飛びかかって来るのが見えた。


「――危ない!」


 僕は咄嗟に落ちていたシフトレバーを拾いあげると、生島に向かって投げつけた。真ん中がくの字に曲がったシフトレバーは空気を鳴らして回転すると、生島の顔面を直撃した。


「ぎゃっ!」


 生島は踏みつけられた猫のような声を上げると、仰向けにひっくり返った。


「やるじゃねえか、基紀。お前は自分で自分のリミッターを外したんだ」


 泡を吹いて倒れている生島に慄いている僕の肩を、拓治は笑いながら叩いた。


「どうしよう……これでスクラップ決定だ」


「かもしれん。だがな、人間だっていつかはゴミになるんだ。大事なことはそれまでの間をどう生きるかってことだ。……さあ、こいつらが目を覚ます前にずらかろうぜ。徹也の見舞いに行かなくちゃな」


 僕は背後で倒れている『人間』たちに目を遣ると、肩口から火花を散らしている拓治の後を追った。


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