第6話 闇の中の小さな機人たち 6


「……わかった。ちょっと徹也を診ててくれ」


 拓治はそういうと携帯端末を取りだし、どこかへ通話を始めた。


「ああ、俺だ。一人、患者を頼む。……そうだ、『壊し屋』にやられたんだ……どこの病院がいいか?……いや、機人病院はだめだ。『阿修羅あしゅら先生』のところに連れて行ってくれ。……じゃあ、待ってるからな」


 拓治は通話を終えると「よし、これで大丈夫だ。もうすぐ迎えが来る」と言った。


「拓さん『阿修羅先生』って誰です?」


「聞いてたんだな。いいか、俺たちの身に何らかのトラブルが発生して、機人病院に担ぎ込まれたとする。どうなると思う?」


「どうって、治療してもらえるんじゃないですか?」


「表向きはな。実際はメモリのデータを徹底的に調べられた挙句、初期化される。オーバーホールという名目でね。その時、リミッターも最新の物に取りかえられるってわけだ」


「絶対に反抗しないように……」


「そうだ。だが『阿修羅先生』は機人だ。俺たちを売るような真似はしない。まあある種の無免許医だが……」


 拓治がそこまで言った時だった。一台の古びた小型トラックが滑り込むように姿を見せたかと思うと、僕たちの間で止まった。中から現れたのは、驚いたことに若く美しい女性の機人だった。


「相変わらず勝手な都合で呼びだすのね、拓」


 女性はそう言うと、徹也の前に歩み寄った。僕は思いもよらない展開に、ただ木偶の棒のように突っ立っていることしかできなかった。


「なるほど、これは『壊し屋』の仕業ね。早く助手席に乗せて。……そこの君も手伝って」


 女性は初対面の僕に指示を飛ばすと、再びトラックの運転席に乗り込んだ。僕らは力を合わせて徹也の身体を担ぎ上げると、軽トラックの助手席に押しこんだ。


「悪いが、頼んだぜ」


「それだけ?本当、あなたって自分勝手だわ。私の気持ちなんてお構いなし」


「しょっちゅう俺の近くにいたら、碌なことにならないからね」


「……わかってないのね」


 女性はそう言い残すと、トラックを発進させた。トラックが僕らの前から消えると、工場から休憩時間の終わりを告げるチャイムが聞こえてきた。


「まずい、戻らなきゃ」


 僕らが慌てて引き返そうとした、その時だった。どこからともなく黒い影が現れ、僕らの前に立ちはだかった。


「お前たち今、ここで何をしていた?」


 人影は、生島だった。生島は背後に上半身が異様に肥大した見知らぬ男を従えていた。


「別に、外の空気を吸ってただけですよ」


 拓がしれっとして答えると、生島は目に怒気をたぎらせて「嘘をつくな。作業員を脱走させただろう。脱走は重大な規則違反だぞ。手引きをしたお前たちも同罪だ」


「労災で負傷した作業員を早退させただけです。いけませんか?勤務を続けさせた方がよほど規則違反なんじゃないですかね」


「この期に及んで口答えか。いいだろう。俺が直々に制裁を加えてやる。……おい、やれっ」


 生島は目を血走らせてそう叫ぶと、背後に従えた異形の男に目で合図を送った。


「まずいな……こいつは強化人間だ」


 拓治がぼそりと呟き、僕は思わず身を固くした。


 ――これが……せっかく徹也を病院に連れて行ってもらったっていうのに!


 生島を押しのけて姿を現した怪物は、僕らを視野に収めると嬉しそうに舌なめずりした。


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