第4話 闇の中の小さな機人たち 4
「三時になりました。作業員は近くの機械を止めて休憩に入ってください」
安っぽいチャイムと共に休憩時間の開始が告げられ、僕は食堂を兼ねた休憩室へと足を運んだ。
「基紀、お前工場長に呼ばれたんだって?」
ベテランだが評判のよくない先輩工員が、野次馬根性丸出しの口調で僕に尋ねた。
「呼ばれました。要領が悪いから、このままだとよそへ飛ばされるという注意でした」
「へえ、やっぱりいるんだな、そういうやつ。俺の同期にも二人ほどいたよ。一人は指導員に口答えして廃棄物処理センターに飛ばされた。もう一人は手を上げて……まあ、どうなったかは大体わかるよな」
先輩工員は同僚を見舞った悲劇を、愉快で仕方がないといった口調で並べたてた。
「すいません、ちょっと充電してきます」
僕はテーブルを離れると、蛍光灯が瞬く薄暗い廊下に出た。
――おかしい、徹也の姿が見当たらない。
朝礼の時は確かにいたようだし、欠勤じゃないとすると何かあったのだろうか。不思議なのは、徹也と同じラインの作業員が、妙に静かなことだ。事故でもあったのなら、少なからず僕のいるラインにも影響が出るはずだ。生島も騒がないし、皆、何事もないかのように振る舞っているのがかえって異様だった。
僕はゴミ収集室から出てきた担当職員を捕まえると「すみません、今日のゴミ捨て、代わってもらえませんか」と声をかけた。
「別にいいけど……出し終わったらちゃんと教えてくれよ。日報書くのは俺なんだから」
僕は訝し気な表情のままゴミ袋を手渡した職員に頭を下げると、従業員専用出入り口へと向かった。
暗証番号を入力し扉を開けて外に出た瞬間、僕はその場にピンで止められたように動けなくなった。コンクリートの三和土の上に、潤滑油と思われる茶色い点が見えたからだ。
――なんだこれは。
茶色い滴りはカーブを描いて工場と寮の間に伸びていた。機人にとってオイル漏れは死活問題だ。僕は不吉な胸騒ぎを覚えつつ、茶色い点を辿っていった。
点は無造作に積まれた廃材の間を通って工場の裏手へと続いていた。こんな場所にわざわざ来る奴はいないはずだ。僕はあたりを見回し、はっとした。焼却炉の近くで何かが動いたように思えたのだ。
「――徹也!」
動く影に駆け寄った僕は、あまりのことにしばし言葉を失った。棄てられたタイヤと錆びた重機の部品に埋もれるように体を横たえていたのは、徹也だった。
「大丈夫か徹也。どうしてこんなことに?」
僕が話しかけると徹也はうっすらと目を開け、何か言いたげに口を動かした。
「……えっ?なんだって?」
僕が途切れ途切れの声を聞きとろうと耳を徹也の顔に近づけた、その時だった。
「壊されたんだよ、見せしめのためにね」
ふいに背後で声がして、僕は驚きと共に振り返った。目の前に立っていたのは、先輩作業員の秋川拓治だった。
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