第3話 闇の中の小さな機人たち 3


「異動ですか?僕が?」


 指導員詰め所に呼びだされた僕に工場長が告げたのは、予想外の辞令だった。


「そうだ。ここから五キロほど離れた埋め立て地にある『廃棄物処理センター』だよ。今よりは多少きつい仕事になるが、その分、工賃は弾んで貰えるよ」


「お金を……」


「そうだ。通常、工場で働く機人は三十五ポジトラーだが、廃棄物処理の仕事は四十五まで貰える。上限が五十であることを考えたら、これ以上の好待遇はないと言ってもいい」


「好待遇……ですか」


 工場長に対し自分の意思を口にしようとした僕は、そこでふいに口ごもった。人間がよく「胸が詰まる」なんていうけれど、僕ら機人とは無縁だと思っていた。が、その時の僕は胸にこみ上げる何かのせいで、思っていることを口にできずにいたのだった。


「お……」 


 お断りします、そう言って仕事に戻るつもりだったのに、僕の口から出てきた言葉はなぜか全く違う言葉だった。


「お任せします」


 僕の返事を聞いた工場長は、ほっとしたように眉を下げた。


「うん、そう言ってくれると思っていたよ。君は手際が悪く物覚えも覚束ないが、いいところもある。それは素直だということだ。機人の中には自分の立場もわきまえずに口答えしたり、上司に手を上げるものさえいる。反抗的な目をする程度なら、私の一存で呑みこむこともできる。口答えとなると、さすがの私もかばうのは難しい。そして人の手をはねのけるような行いに及べば即、スクラップだ……わかるね?」


 僕は頷かざるを得なかった。ここに呼びつけられた時点で、僕の処遇は決定済みなのだ。


 僕がうち萎れてラインに戻ると、徹也が難しい表情で待ち構えていた。


「どんな話だった?どうせろくな話じゃないんだろう?」


 僕が工場長から聞かされた話をそのまますると、徹也は「冗談じゃないぜ」と憤った。


「廃棄物センターがどんなところか知ってるか?一度足を踏みいれたらまともな姿じゃ戻ってこられないって話だぜ。好条件だのなんだのってごたくは罪の意識を薄めるための方便さ。高い賃金はいわば、自分から地獄に行くように仕向けるための誘き餌ってわけだ」


 僕はまたしても胸が苦しくなるのを覚えた。徹也は自分のために憤ってくれているのだ。


「でもこの工場で人間の機嫌を損ねたら、どのみちいられなくなっちゃうよ」


「……俺が機嫌のよさそうなときを見計らって、工場長に直談判してやるよ。うまくいくとは限らないけどな」


「そんなことしたら徹也が代わりに目をつけられることになるぜ。僕のために頑張ってくれるのは嬉しいけど、そんなことはしないでくれ」


「まあ、ほどほどにしておくさ。……だがもしお前がここを追い出されるような事態になったら、俺も覚悟を決めるつもりだ」


「覚悟を決める……?」


「ああ。友達が地獄に追いやられるとわかっていて目を背けるような真似はできないからな」


「どうするつもりだい」


 僕が尋ねると、徹也はしばし沈黙した。そしてあたりを憚るような小声で僕に「――逃げるんだよ、二人一緒に」と耳打ちした。



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