第2話 闇の中の小さな機人たち 2
「こいつはお笑いだ。機械ごときが……それもひときわ出来の悪い奴が、こともあろうに「人間様」の写真を後生大事に隠し持っているとはな」
生島は写真を僕の方に向けると、ひらひらと動かしてみせた。僕は項垂れたまま、消え入りそうな声で「返して下さい」と言うしかなかった。
写っているのは、人間の少女だった。僕にとって、優しくしてくれたたった一人の人間。
「返してやってもいいが、その前に痛い電磁鞭のお仕置きを覚悟しておかなくちゃな。機械の方から人間に接することはここでは重罪だ。それをわかった上での狼藉だろう?」
「…………」
「どうした、スピーカーが壊れたか?……人間様の世界じゃ、こういう習慣があるんだ。壊れた機械は、叩けば治るってな!」
生島が腰の鞭を振り上げようとした、その時だった。大きな影が僕と生島の間に割って入った。
「すいません、監督。こいつ、昔からとろくて失敗ばかりしてるんです。……でも、仕事ぶりは真面目だし、いい奴なんです。どうか俺に免じて、許してやってくれませんか」
「ふん、誰かと思ったら
「
生島の鞭から僕をかばったのは、同期で工場に入った徹也だった。僕より頭二つ分ほど大きい徹也は、その大柄な体格に似合わず優しい気性の持ち主だった。
「麗しい友情だな……と言いたいところだが、規則違反は規則違反だ。誰かが罰を受けねば俺の立場がなくなる。……それとも、お前がこいつの代わりに鞭打ちの罰を受けるか?」
「――やめてください!徹也は関係ありません」
「じゃあ連帯責任だ!」
再び生島が腰の鞭に手を伸ばした、その時だった。突然、工場内にブザーの音が鳴り響いた。事故発生時に鳴る奴で、僕と徹也も同時に周囲を見回した。
「なっ、なんだっ」
生島は手を止め、あからさまな狼狽を見せた。事故なら真っ先に責任を問われるのは監督だ。生島は「今度やったらスクラップだからな」と苦々し気に言い放つと、踵を返して僕らの前から去っていった。
「……事故かな。僕たちも行ってみようか」
「いや、様子を見よう。後で部署を離れたとか何とか嫌味を言われたらかなわない」
徹也は僕の方を振り返ると、生島が放りだしていった写真を拾いあげた。
「ほら、お前のだろ?破かれなくて良かったな」
「……ありがとう。今度からは見つからないよう気をつけるよ」
僕が礼を言うと、徹也は「気にすんな、ここじゃあいつの方がよそ者なんだ」と笑った。
僕らがざわついているラインの方を見つめていると、どこからともなく小柄な人物がひょっこり姿を現した。
「拓さん……」
にやにや笑いを浮かべながら僕らの前に現れたのは、先輩の
「あんまり退屈だったんでちょっと機械の回転数をいじったら、煙が出ちまった。有能過ぎて早く片付きすぎるのも問題だなあ」
「じゃあ、この騒ぎの原因は拓さん……」
「なんかこのあたりから不穏な空気がながれてきたんでね。小競り合いにでもなったら工場の空気が悪くなっちまう。早めに止めとこうと思ってさ」
「僕らのために……だって、機械を壊したら罰を受けるのは拓さんですよ?いいんですか」
「いいんだよ、ばれやしないって。あの頓智気に俺様の巧妙な偽装が見ぬけるわけないさ」
拓治は自信たっぷりに言うと「へへへ」と口の両端を吊り上げた。噂では、この同僚は元々、優秀なエンジニア系機人だったという話だ。
「でも、機械を壊してまで……なぜです?」
「どうしてかな。ひとつはあの虫が好かねえ現場監督に一泡吹かせてやりたいってことと…もうひとつは、なんとなくお前さんたちが気に入ってるってことだ。どうしてかはわからないがな」
拓治はそう言うとくるりと背を向け、再びひょこひょこした足取りで僕らの前から去っていった。
「徹也……このあたりの機械は、いい奴が多いよね。そう思わない?」
拓治の背中を目で追いながら僕がしみじみ言うと、徹也が「ああ」と返した。
「俺もそう思うよ、基紀。……このランチを食ってる奴らより、俺たちの方がよほど人間らしいぜ」
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