装心機人イグニアス 機人たちの冬

五速 梁

第1話 闇の中の小さな機人たち 1


「この商品を詰めたのは、ここのラインか?」


 靴音と共に甲高い声が響き、僕は思わず総菜のカップを取り落としそうになった。


 『ヒューマンランチ』はこの工場で生産しているヒット商品で、「人間が手で作りました」というのが売りだ。近くの港で獲れた海産物を加工した総菜、というふれ込みだが実際は生け簀で養殖されたプランクトンを加工している。海は汚染が激しく、まともな海産物などごくわずかしか獲れないからだ。


 そして――「人間が作っている」というのも真っ赤な嘘だ。そのことは加工ラインで働いてる僕ら「機械」がだれよりもよく知っている。


「ここだな。……くっ、またお前か、基紀もとき!」


 甲高い怒声と共に現れたのは、現場監督の生島いくしまだった。いつも顔が怒りで上気していることから僕らはひそかに『赤鬼』と呼んでいる。


「なぜいくら指導しても同じミスを繰り返すんだ。いいか、お前の代わりはいくらでもいるんだぞ。人間に奉仕できるありがたさを理解できない奴は、頭が回ろうが手足が動こうがスクラップと同じだ」


「すみません、気をつけます」


 僕には監督の罵声を浴びながら俯くことしかできなかった。この工場では僕以外の『機人』たちも大量に働いている。動きの速さと正確さが売りの『機人』がしょっちゅうミスをしていれば、煙たがられるのは当たり前だった。


「いいか、今度やらかしたらバラバラにしてジャンク屋に売り飛ばすぞ」


「はい、絶対に失敗しません」


 僕は渋々、そう約束した。だが、そんな約束など守れないに決まっている。僕は元々、造りのお粗末な機械なのだ。これだけたくさんの機械が日々、マザーファクトリーで生まれているのだ。中には僕のような「不良品」が混ざってしまうこともあるに違いない。


「ふん、確か先週も同じ台詞を聞いた気がするがな……えっ、どうだ?自分で言った覚えはないか?」


 僕は返答に窮した。僕ができもしない約束を絞り出しているのは、この嫌味な現場監督に一秒でも早く立ち去ってもらいたいからだ。大体、こいつはあちこちのラインに難癖をつけるくらいしか楽しみがないのだ。それでいて、ロットの製造が遅れると僕らのせいにする。


 散々、毒をまき散らしておいて残業する僕らを尻目に口笛を吹きながら引き上げてゆく……それが『人間』だ。


「覚えて……ないです」


「――ふざけるな!機械が覚えてないわけないだろう」


 生島は恐らく先週も言ったであろう嫌味を繰り返すと、作業台を拳で叩いた。


「……ちっ、手が汚れちまった。早く拭かないと指が薄汚い機械になっちまう」


 僕は生島の嫌味にむかつきを覚えつつ、咄嗟にポケットを弄った。指先に触れたハンカチを引っ張りだした瞬間、何かが飛びだして床に落ちるのが見えた。


「んっ?……なんだこれは」


 生島は目をぎらつかせると、屈みこんで僕が落とした物を拾いあげた。


「あっ、それは……」


 僕が落としたのは、一枚の写真だった。作業中の慰めにとポケットに忍ばせていたのが裏目に出てしまった。生島は写真を舐るように見つめると、口元に下卑た笑みを浮かべた。

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