チーズケーキを買いに
彼に贈るチーズケーキを買っていた時の事だった。身体を屈みこみショーケースの中のボヘミアの宮殿をミニチュアにした様な細かな装飾のケーキたちを注視していると隣に真っ黒な女の人が立っていた。その人は私を僅かに一瞥するとそのまま最後の一個のチーズケーキを注文した。三種類ある中のあまり細工が施されていない素朴でシルエットの曲線が美しいものであり、それも贈り物の候補として選んでいたものだったのでその人が選んだ時に思わず声を上げてしまった。私はすみませんと謝るとその人はもしかして割り込んでしまったのかしらと同情を囁く。小さいながらよく聞き取れる滑舌の良い声だった。
「いえ、只私も彼に贈ろうとして注文しようと思っていたので」
店の人はこれが最後の品ですのでと私に謝る。すると彼女は彼と聞く。
「はい、もう死んでしまった人で」
「そう、可哀そうね、僅かな慰めにこのケーキを貴女にあげるわ」
私は思わず良いのですかと声を上げる。彼女は構わないわと言い、別のケーキを頼んだ。そして帰り際に貴方にせめてもの救いをと私に告げ去っていく。世の中には何て気前の良い人がいるのだろうと笑みが零れそうになった時に誰かが私の手を取る。少し来てもらえますかと男は言い、私をケーキから引き離す。そしてその傍には黒の女。私は彼女に目を背け男に従い、人目に付かないところに連れいて行かれる。あの人は私の鞄を指さし、開けても良いと聞くのを頷く。彼女の黒い手袋に包まれた手が鞄に埋もれ彼の頬を優しく撫でる。
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